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花見をやって迷惑かける人間が場所取りにマナーを主張する矛盾

花見の場所取りにマナーなんかあるのか?というか、恐らくこういうのは自由の中にも規律を作るためにあるんでしょうけど、それは基本的に守らないといけない義務はないから、守らない人がいてもしょうがないことになってしまいます。花見をすること自体が、そもそも公園の使用方法としてマナー違反なんじゃ?と言われたらどうするんだろうと思う。だって、花見客で溢れかえれば、公園を普通に使用した人たちが使えない。制限を受けたりします。

そして、花見客はある程度長時間居座るから、それもまた迷惑だと思われます。恐らく公園の管理者は、別に花見を禁止していることはないだろうけど、花見をして場所を長時間占有している人間が、他の花見客にマナーを語るのか?というのは不思議でしょうがない。花見の場所取りっていうのは、かなりサバイバルです。会社で、個人でやる人たちもいるし、少しでもいい場所をとろうと、事前に念入りに作戦をとっている人たちもいます。

そして、毎年花見客の場所取りが壮絶なところは、徹夜での場所取りを禁止したりしているところもあります。例えば上野公園とかですね。そういうところは、花見客の場所取り自体がマナー違反なんでしょう。ならば、そんなにマナーにうるさい客は、自分の花見行為は良いのか?と思いますけどね。自分がかけたい迷惑はかけるが、かけられたくない迷惑は全力で拒否するみたいな姿勢がどうも納得いかない。自己中にも思えてきます。

先ほども言ったようにサバイバルなので、こういうのに長けた人選をしたり、作戦を綿密に練ったりしたところはやはり有利ですよ。そういう人たちは、彼らだけでかなり広いスペースをとったり、いくつものも場所を確保したりする場合もあります。それは必要以上に場所を占有しているという意味では、マナー違反とも言われそうだが、場所取りにおいては、公園の管理者が設定したルール以外は、全て自己ルールになってしまうので、マナーを主張したところで守る義務ないから、無視されるかもしれない。

あらかじめいくつも場所をとっておくメリットは、第1希望のところが取れなかった場合に、後で会社の人とかに連絡して、取れた中でどこが1番良いか?確認をとるためでしょうね。だから、まず必要以上に場所をとって、選択肢を増やす必要があるのです。ルールは守る必要があってもマナーは守る義務がないので、力のある人がたくさんとっていってしまってもしょうがないのです。それが資本主義社会なのです。世の中にお金がなくて困っている人はたくさんいるのに、そういう人にいちいちめぐんであげている人くらいじゃないと、そういうことを言っても説得力がないのです。お金を占有すれば、別の人に行き渡る量が減るのだから、花見の場所を必要以上とるなというのならば、必要以上にお金を持っている人は、足りない人に分け与えるべきですね。

マナーはそういった感じで、結局は都合のいいルールの押し付けになっているケースは少なくないと思います。管理者が明確なルールを作っておかないと、マナーのレベルでまたいい争いが起きかねません。基本的に人間は自分の都合を優先させがちなので、お花見の場所取りにおいても、自分に不利なことがあれば、それはダメだとマナーを盾に主張してくることがあるが、それは別の例を出して、じゃあ、こういう場面であなたはそれをやっているのか?別の同じような性質のシーンで、あなたはそれやってないのに、こういうときだけをそれをやらないとおかしいと主張するのはおかしい!と言うと、取り下げるかもしれませんね。人間は矛盾を指摘されると弱いですからね。

公園の利用客からしてみれば、お花見自体が迷惑と言われたら引き下がるか?といったら、そんなことはないでしょう。お花見をして他人に迷惑をかけてもいいが、自分は迷惑をかけられたくないという思いはあるはず。そういう人間主張するマナーに何か説得力があるんだろうか?といえば、客観的にはないだろう。公園の管理者からしても、毎年トラブルの種になったり、ゴミが散らかされやすい花見自体を迷惑に思っているケースも多々ありそうですけどね。
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