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体育祭の組体操のピラミッドは、自由参加、自己責任で行えば良いが・・・

最近話題になることも多い体育祭でのピラミッド問題あるじゃないですか?あれについて、堀江貴文氏とひろゆき氏が対談していたんですよね。ニコニコニュース「ホリエモン×ひろゆきが激論! 運動会に「組体操」は必要なのか?」とかに載っていたと思うので、良かったら見てください。そこに書かれていたのは、ひろゆき氏の意見は、結局反対みたいで、ピラミッドを作ろうとして崩れてしまったと。で、生徒が落ちてくるわけですが、親たちは拍手を送っているという姿に違和感を覚えているらしいのです。

まあ、普通に考えたらあんなに危ない光景を目の当たりにして、拍手を送る姿勢が理解できないということなのでしょう。それをまず示した上で、ひろゆき氏は、例えば格闘技とか、その技術を磨くことで、将来何らかの役に立つものならばやる意味はあるが、組体操をやることで、別に何の得もないということから否定的という見方もしていました。つまり、格闘技も危ないですよね。ただ、格闘技を学ぶことで格闘スキルが身につくとしています。それはつまり、喧嘩になったときとかに役立つってことなんですかね?

ただ、組体操をやって、何が身につくのか?というところにひろゆき氏は疑問を呈しているのです。私もそれは多少は分かる気が擦るし、格闘技は好きでやっているから本気でやるから、格闘スキルも身につきやすい。ただ、組体操はそこまで本気でやっているか?というと、全員じゃない。おまけに、体育祭の練習期間と本番のみであって、何かが身につく時間も全然ないし、身についても、その後組体操をやる機会なんてまずないわけだから、意味がないとなるのではないでしょうか?

ひろゆき氏は、このスキル部分にこだわっているみたいで、組体操をやるのならば、新体操とか、バク転をやった方が様になるという見方をしています。組体操がリスクが合って、それをわざわざやらせるのならば、同じリスクのある種目でも、別のものをやらせた方が良いという意見なんでしょうね。実際、運動神経の良い、悪いに関係なく全員やるっていうのは、普通に考えたら危険だし、あえてやらないといけないものではない。そういった意味で、堀江氏も組体操に存在意義が無いということは認めているものの、そうしたら、世の中の多くのものがいらなくなるとしている。

そして、堀江氏の意見になるが、彼は基本的に自己責任でやらせるべきだとしています。つまり、ひろゆき氏が出した格闘技の例で言うと、格闘技は好きでやっているわけだから、リスクを受ける部分も自己責任だということでしょう。堀江氏の意見に私も基本的に賛成なんですが、組体操も結局自由参加になればということなんですが、参加しないということが気軽に選択できるか?が問題になりますよね。体育の成績に響くんじゃないか?と考えることもあるかもしれません。

そして、リスクはあるが、みんな結構多くが参加しているとなれば、そこで参加しないと自分だけクラスののけものにされそうだということがあるならば、やはり嫌々でも参加しないといけないような状況が生まれてしまう可能性もあり、結局自己責任での参加なのに、事実上強制みたいな感じになることも考えられるので、理想は堀江氏の意見だと思うけど、それが現実的に可能か?という問題がどうしてもあるのです。

だから、結局権力を握る学校の存在や社会の同調圧力がある限り、理想的な状態をいくら作ろうとしても現実的には無理だろうということです。あとはそもそも中学生くらいの年齢の生徒が多いと思うので、組体操の危険性について正しく認識できて、適切な判断ができるのか?という問題もありますから、結局、この問題は学校が組体操を実施する限りは永遠に続きそうな気がします。組体操は、私もやりましたが別に好きな競技ではなかったので、危険性を考慮するならばやめるべきという意見には一理あると思いますよ。
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