トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

達成度テストは全問マーク式にすべき!記述式は欠陥だらけ

センター試験が2020年から廃止されて、到達度テスト、達成度テストなるものが導入される見通しであることがすでに示されていますが、昨日の朝日新聞にもコラムが載っていたのだが、それを読んでやっぱり反対だなと思う。学力向上を図ることを意識しすぎていて、受ける生徒らの公平性が犠牲にされていると思う。国は個別の生徒が不利を受けようが、全体として学力向上に寄与できれば良いと考えているかもしれない。

実際、この到達度テストなるものが、本当に学力向上に寄与できるのか?も正直怪しい。この達成度テストというのは、1回勝負のセンター試験ではなくて、複数回受験可能で、その中で1番成績が大学受験において考慮されるという仕組みになるらしい。そして、基礎レベルと発展レベルという2つの試験から成っているみたい。その朝日新聞のコラムには、たった1点で人生が変わってしまう今の教育を変えたいみたいなことが書かれていたと思うが、1点で人生が変わるのは、それは達成度テストでも一緒だと思う。

そして、面接とかでも一緒ですよね。1点で人生が決まるのがダメならば、そもそも入試は無理だし、就職活動や公務員試験も先着順とかにすべきか?という話になる。あと、達成度テストは一部記述式になるらしい。これも私は反対です。センター試験に関しては問題が全くないとは言わないものの、全問マーク式ってところは一応評価していた部分になります。というのも、1番公平だからです。誰の目から見ても正解は1つに揺るぎない(現代文とかはたまに物議を醸すこともあるが)のです。

ただ、記述式にすると、全科目において公平性が逸してしまう。それは同じ解答でも採点者が変われば、貰える点数が変わる可能性があるということもそうだし、その解答に対して、その点数が適切か?というのも分からない、妥当性が分からないんです。つまり、10人採点者を集めて、1人の生徒の解答を採点させたら、全員が同じ点数にならなければ、不公平だということだし、仮に全員が同じ点数で一致したとしても、その点数が妥当だということにはならない。その10人がそう判断したということでしかないのです。

センター試験は今だって問題によって配点が違うから、それは不公平じゃないのか?という批判もあるかもしれない。英語や国語は確かに問題によって、配点が全然違うこともあります。ただ、センター試験の場合には、問題ごとに配点が公表されているはずです。だから、配点の高い問題を中心に勉強すれば良いという道しるべが与えられていることになり、おまけに正解か?不正解か?の2つしかないし、その正解はマーク式なので、採点者による不公平も起きない。力を入れるべき問題が分かっていて、かつ正解した場合の貰える点数が分かれば、問題はないでしょう。

採点者がプロだとしても、彼らは優劣を判断するプロだから、ある解答が良いか?悪いか?のどちらかの判断は出来るとしても、肝心の点数をつけるときには、その解答がどれだけ優れているか?ダメか?という主観に頼らないといけない。だから、現実的には点数は全員が一致しない。これが面接になると、さらに顕著でしょうね。だから、1点刻みで人生が大きく変わることを批判するのならば、記述式や面接は絶対に導入すべきじゃないでしょうよ。主張とやっていることが逆行している気がするのです。

面接を導入するという話が出たときも、私のような批判が出ましたが、採点者の主観を排除できないことや公平性が担保できないことは誰でも予想がつくと思うんですけどね。面接や記述式を導入すると、仮に生徒の学力が向上するとして、それが達成できるのならば、一部の生徒が不公平の渦の中でもがき苦しんでも知らないっていう態度ならば、もう仕方ないです。国がそういう考えならば。結局、学力向上の国の体面のためということでしょうからね。生徒はそれに利用される道具に過ぎないってことでしょう。国がそうじゃないと否定するならば、この2つは導入すべきじゃないです。
関連記事

 
トラックバック
トラックバック送信先 :

プロフィール

Auther:さいてぇ(管理人)

ハンカチ世代の零細フリーランサーです。毎日とても眠くて起きるのが大変です”_| ̄|○”ハァハァハァ


ブログパーツ

スポンサードリンク

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム