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死刑制度に反対以前に、人が人を裁くこと自体にそもそも反対

巷では死刑制度の是非について論じられていますが、そもそも死刑だけなんですかね?懲役刑や罰金刑の是非は何故語られないのでしょうか?人を殺す刑はダメだが、人を閉じ込め、自由を奪う刑はどうしてOKなのでしょうか?私はどちらかというと死刑廃止論者ですが、死刑だけにしか議題に上らないことが非常に違和感があります。ただ、現実的には懲役刑や罰金刑をなくしたら、事実上刑罰がなくなるということになります。

それはダメなんですかね?死刑問題を語るときに冤罪が話題になりますが、それは他の刑も同様ですよね。罰金刑に関しては後で取り返しが一応つくと思うが、死刑にかかわらず、懲役刑についても取り返しがつかないでしょう。お金で解決するっていうのは、解決になってないわけです。勝手に解決したこととするという状況に国が持って行ってだけなんです。そして、殺人はダメなのに、どうして国が人を殺すのは良いのか?という理屈も、じゃあどうして国が人を監禁するのは良いのか?どうして国が人から金を奪うのは良いのか?

これらの説明がつきません。そうなると、私の中ではどういう刑罰にしろ、人が人を裁くこと自体に違和感を感じるわけですよ。そんなことを言うと、犯罪が抑止できないだろ!といった批判がきそうですが、どんな刑罰にしろ、冤罪のリスクはあるわけじゃないですか?今の司法制度を維持する限りは、冤罪自体は止められないですよね。どれだけの割合で冤罪が起きているのか?は分からないものの、理論上は起きても不思議じゃないわけです。

ここで問題になるのが、もし自分が冤罪に遭ったら?ということです。もし、あなたが冤罪に遭ったら文句を多分言いますよね。でも、それっておかしくないですか?私の人が人を裁くことを否定する意見を否定する人は、今の冤罪を生んでもおかしくない司法制度を肯定するってことですよね。今の司法制度は冤罪発生率を0にはできません。そして、実際に0にする別の制度は恐らく存在しない。そうなると、2択しかないわけじゃないですか?冤罪を生むかもしれないが、司法制度は存続する。それか、冤罪の危険性を考えて司法制度を廃止するという考えです。

前者をとるのが恐らく大多数ですよね。でも、2択しか選べない中から、前者を選ぶのであれば、冤罪が起きてもしょうがないことを認めていることになります。にもかかわらず、自分がいざその立場になったら文句を言うのは都合が良すぎないか?冤罪も防げて、刑罰も科せる司法制度を考え付かないならば、この2択から選ぶしかない。ただ、前者を選ぶなら、冤罪は絶対につきものになる。自分が仮に冤罪の被害を被ってそれで文句を言うってことは、冤罪の問題がいかに大きいか?っていうことを自ら証明していることになります。

少数の冤罪よりも多数の犯罪者を罰する必要性から、前者を支持するわけですよね。冤罪が問題だと思うのならば、後者を選択すべきとなります。後者を選択すると、犯罪を刑罰によって抑止できないデメリットがあるが、冤罪は100%生まれません。でも、前者はいくらかの可能性が残る。何故みんな前者を選ぶか?というと、冤罪に自分が遭うとは思えないから。他人が冤罪に遭おうが、それによって犯罪が少しでも抑止されればそっちの方が良いと思っているからではないでしょうか?つまり、他人がどうなろうと自分の身の安全が守られる方が大切と考えている人が多いと思うのです。ただ、そんな都合の良いことを考えておきながら、いざ自分が冤罪に遭ったら、自分の冤罪に文句を言う(冤罪を生む可能性のある司法制度に文句を言う)というのは、都合が良すぎるだろうと思うのです。

冤罪を防いで犯罪者を野放しにするか、犯罪者を罰して、冤罪を生むか、この2択しか現実的にはとれません。つまり、犯罪者に刑罰を課すことを支持しておきながら、自身は冤罪には絶対に遭いたくないという主張は現実的に無理な主張ということになります。車を日頃から運転しているのに自分は事故に遭いたくないと言っているようなものだろうか?自分で事故発生確率を上げているというのに。この2択しかとれない現実の中ならば、私はもしもの場合に冤罪に遭う方が嫌だから、人が人を裁く司法制度自体に反対ということです。多くの国民は二兎を追う、刑罰も課すが、冤罪も出すなという無理な要求をするみたいだが。
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