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五輪エンブレム中止の理由は国民の意味不明な文句のせい

東京五輪にて使用される予定だったエンブレムが盗作疑惑により、使用中止に追い込まれることとなった。使用中止にはなったが、法的には今回のエンブレムは著作権侵害にはあたらないと弁護士も記述しているのをネットで見た。つまり、法的に問題のない可能性の高いエンブレムを使用中止にする理由があるとすれば、国民からの圧力でしょう。世間からの圧力と言った方が良いかもしれないですけど。どれだけ客観的に問題がなくてもこれだけ不満が渦巻いてしまうと、使用を継続するのは難しいです。

世論が許さないというか、パクったのか?パクっていないのか?は大して問題じゃないと思うのです。法的に問題のない範囲のデザインの類似具合なのであれば、そもそも批判が飛んでくる余地はほとんどない。訴えられるような紛らわしいデザインにするな!という批判もあるかもしれないが、そういう人に聞きたい。この世に存在するどのデザインにも全く似つかないような、新規のデザインを確実に作る方法はあるのか?と。

それを実行するためには、過去に生まれた世界中のデザインを一望できる機会がないと無理だが、それがまず無理です。この時点で無理なんですよ。それができたとしても、それら全てに似つかないようなバランスのとれたデザインは果たして作れるのでしょうか?無理でしょうね。似ている部分を無理矢理見つけようと思えば見つけられるでしょうから。どんなデザインを作ったって似ない保証もなければ、クレームが飛んでこない保証もない。

すると、今回のエンブレムはそもそも法的には問題がないのだから、似ていることは問題じゃないとなる。つまり、似ていることを問題とするならば、世の中に存在するデザイナーの作ったデザインを検証して、似ているか作品はないのか?探し出して、あれば同じように非難しないと当然納得しないし、それはやろうと思えば出来る。そうなれば、デザイナーなんて職業は成り立たないと同義になります。全く同じというものはともかく、似ている程度で非難されるならば、デザイナーはやっていけません。

今回の問題は、法的に問題のないエンブレムなのに、最初にクレームをつけたベルギーのデザイナーも含めて、ケチがついたものは取り下げろみたいな圧力をかけた国民に原因があるでしょう。別にベルギーのデザイナーを責める気はないが、著作権的に問題のないエンブレムを作った佐野研二郎氏が責められているのに結果的に問題のないエンブレムを非難して提訴したベルギー人のデザイナーに全くお咎めがないのは違和感がおおありです。何で国民は佐野氏を叩くのでしょうか?ケチがつけられるはずがない作品にケチをつけた側が叩かれるのはまだ分かるけど。

同じくデザイナーの人たちも佐野氏のデザインは問題ないとしている人もいます。デザイナーだからこそ、同じデザイナーの佐野氏の苦労や苦悩がわかる人もいます。後は今回の騒動で、佐野氏のもとに誹謗中傷なども起きているそうで、ネットなどの集団リンチも起きていて、それを非難している人もいる。はっきり言って誹謗中傷している連中は、意図的にやっているわけだから、問題外だが、オリンピックにかかわったことで彼の人生も大きく変わってしまった気がします。

彼が会見で言っていたのは、取り下げた理由はデザインの問題ではなく、叩く連中が多すぎて、誹謗中傷等が酷すぎて、家族などが参っているからということらしい。佐野氏を叩いている連中は正義のヒーロー気取りかもしれないが、彼らはほとんど犯罪者だからな。これがヒーローか。笑わせてくれる。法的手段を用いず、人をこてんぱんに叩きのめす。しかも、その理由がほとんど的外れ。これが許されるならば、気に入らない人がいれば、みんなこれをやって良いってことか。気にらない連中がいれば、どんな手段を用いても傷つけ、蹴落として良いと?誹謗中傷は擁護のしようがないが、佐野氏は私は擁護する。
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