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イスラム国で起きた事件の遺体画像を授業で児童に見せることの是非

「ビートたけしのTVタックル」で面白い話題をやっていました。それはイスラム国で起きたあの事件に関する小学校等の授業にて、遺体の画像をそのまま児童らに見せることの是非についてです。これは全国でも何箇所かの小学校の教師が、実際に加工なしの遺体画像を授業の一環で見せたそうなんです。それに保護者が反発し、教育委員会が謝罪をしたというニュースが紹介されていました。

これには文部科学大臣も「あるまじき行為」と批判していましたが、スタジオにはこの教師のやり方に賛成の元教師と反対の元教師が来てくださり、それぞれ議論をしていました。こういう画像を見せると、反対派の人たちは、PTSDなどの後遺症が残るケースを懸念している反面、賛成派の人たちは、こういう画像を見せることで学べることの重要性があったり、真実を伝えることが重要だという話をしていたと思います。

ビートたけし氏が話していたのは、画像を見せることも見せないことも、どっちも良いことと悪いことがあって、どっちとも言えないということです。それはその通りだと思います。後々トラウマになる児童もいれば、これを機にいろいろなことを考えるようになって、社会のために尽くせる人間になるかもしれない。どっちもどっちじゃないか?と思います。私の意見はどっちになるか?というと、条件付の賛成ですかね?

それは見たくない生徒は見なくて良い環境のもとで公開するというものです。公開自体にはそこまで反対はしないが、見たくない生徒は見られないようにする配慮があればOKじゃないか?と思います。スタジオに来ていた賛成派の元教師の人も同じようなことを言っていたと思いますけど、これには反対派の香山リカ氏が反論し、見たくない生徒も成績を下げられるのではないか?という恐怖から見ない選択は簡単にできないという反論があります。

そもそもこの画像公開はどういう授業で行われたのか?がそもそも不明なのですが、私は道徳とかの成績がつかない授業でやれば良いのではないでしょうか?それで解決ができると思います。私も小学生のときに同じような経験しましたよ。私が小学生の頃、学年全員を集めて、視聴覚室という部屋で「火垂るの墓」という映画を観させられたのです。これが私にとっては酷いトラウマになったのです。それは物語の中の特定のシーンがあまりの惨すぎて、未だにそのシーンの映像が頭の中に蘇ります。私の場合はPTSDなどの症状は起きませんでしたが、実際児童をそういう風に追いやっている面があるのも事実です。

ただ、そういう理由から画像公開を反対するのであれば、当然そのリスクがあるような授業は一切行うべきじゃないということになる。私はそれでも良いと思っています。児童や生徒にも学ぶ自由があって良いと思うし、学びたくないものを無理矢理学ばせることの方がむしろ残酷じゃないか?とさえ思います。反対派の元教師が、PTSDなどになる児童が1人でもいると見込まれたら、私は画像公開なんてしない。と言っていましたが、そういうことになると修学旅行での原爆ドームの見学なども当然やめないといけないでしょう。それだけじゃないと思いますけど、生徒や児童に教えられる内容が非常に細かく制限されてしまうと思います。

私はそれができるならそれでも良いと思っていますよ。確かに戦争体験とかを学ばせる機会は貴重だし、重要かもしれあにけど、生徒や児童の人生を狂わせる可能性のあるものをやはり題材に選ぶのはよくないと思うし、そういうものについていえば、選択権を与えてほしいというのが本音です。教師の裁量でどういう授業を行うとか、どういうやり方で授業を行うというのがある程度決まってしまっている現状もあると思いますし、それがやはり将来的に生徒や児童を混乱させることもあるのでしょうね。学校って、本当に難しいものですね。


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