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電車で化粧を批判する理由が、マナーやモラルでは説得力皆無

電車内で化粧する女性がいるが、それをよく思わない人も多いのも事実です。昔から電車内で化粧する人はそこそこいるみたいで、それを批判する人が多い状況が続いてきていて、今でも電車内での化粧はダメか?とか、いろいろ言われてきていますね。その理由はマナー違反とか、モラルがなってないとか、みっともないとか、恥ずかしいとか、そういった批判が集中します。逆にいうと、そういう批判しかこないということも言えると思います。

というのも、例えば、粉が飛んでくるとか、臭いがちょっときついとか、そういったケースであれば、さすがに問題だろうと思います。密閉された空間なので、そういった問題が発生するケースでは、化粧は私もNGだろうと思いますけど、そうじゃないケース、特に第3者に迷惑がかかっていないと思われるケースでは、別に良いんじゃないの?というのが私の意見です。というか、迷惑がかかっていないのであれば、それをそもそも批判する余地がないわけですよ。だからこそ、先ほど言ったようなマナー違反とか、恥ずかしいとか、そういう曖昧な理由でしか批判ができないのだと思います。

だから、誰にも迷惑がかかっていないのであれば、じゃあ電車内で漫画を読む行為はほぼ批判されませんけど、漫画OKで、化粧はNGな理由って何なんですかね?これ答えられるのでしょうか?答えられるとしたら、かなり主観が混じった理由にしかならないはず。さっきも言ったような、みっともないとか、そういったかなり個人の主観に依存した理由になるでしょう。つまり、彼らの論理に則ると、自分がみっともないとか、恥ずかしいと思ったものは何でも批判しても良いということになってしまいます。

でも、それはおかしいでしょう。化粧の場合は同じようなことを考えている人が多数いるようなので、そこによく分からない自信を持ったのか?堂々と、そういう身勝手な主張をしてくる人が多くいるんですよね。論理で勝てないなら、数で勝とうとするってことでしょうかね?マナーやモラルって言葉も、かなり捻くれた良い方をすると、俺ルールの集合ですからね。論理よりも数によって正当性を主張しようとするやり方ですよね。個人的にはマナーやモラルを遵守する気持ちは必要かもしれないけど、結局周囲が強制するものは、そもそもマナーやルールじゃくなってる。もはやオレルールになってるのです。

マナーやルールはあくまでも自分が自主的に守るものであって、周囲が強制したり、守らない人を批判するのはおかしい。それはマナーやルールじゃなく、法律などの「ルール」の概念です。そこを履き違えている人が多いというのと、結局化粧を批判する人は、自分が気に入らないからという理由がかなりの割合を占めていると思われます。そういう人がマナーやモラルを主張しているのであれば、ただ自分が気に入らないだけで平気で他人を批判するような姿勢こそが、公共の場で生活する人間として、より相応しくないと思います。

自分たちの思い通りにならない点を全部批判する。そんな人たちが他人と共生できるとは思えない。というか、そういう人たちの存在こそが、逆に公共の場で生きる多くの人たちの迷惑をかけているのでは?と思います。そんな人たちがマナーやモラルに言及するなら、「お前が言うな!」としか言いようがありません。本当のマナーやモラルって、「自分だって絶対にどこかで何かしらの迷惑をかけている可能性があるのだから、少々のことは我慢して無視してあげる」という気持ちじゃないか?って思うんですよね。行き過ぎたマナーやモラル、いやもはやマナーやモラルじゃないですね。単なるオレルールが蔓延する日本は本当に生き辛い世の中に思えます。

以前、政治学を勉強していたときに、日本人はとにかく他人の目を気にする。何か意思決定をするときには他人を基準に考える。そして、何か行動するときには他人にとにかく同調し、他人の動向を気にかけやすい。といった他人志向型のパーソナリティーがあると知りました。自分が行動するときには他人に合わせ、他人と違う行動をしている人は批判する。要はとにかく出る杭は打たれるってことですね。個人的には批判する理由が、そういう曖昧で主観的なものならば、批判の正当性は相当程度薄れてしまいますし、実際問題として直接的な被害が予想されないのならば、それを批判する人間は人間的にどうか?と思うくらいです。


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