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「マナー」を「ルール」のように解釈し、強制させる社会は何だかおかしい

世の中には「マナー」という非常に便利な言葉がある。「常識」という言葉に置き換えられるかもしれないけど。私が思うにマナーは個人が勝手に守るべきものであって、決して強制させるものではないと思っています。強制させたら、もはや「ルール」に近い言葉になるからです。

よって、私はできるだけ日常生活においてマナーを守るように配慮しているつもりですけど、もし他人から強制されたら無視するというか、無視したい気持ちで一杯でしょうね。それが社会的に見て大半が守っているものであったとしても。マナーを強制させる人は価値観の押し付けだと思っています。

私は1度とある面接で「最近、マナーを守らない人が増えていますが、どう思いますか?」という質問をされたことがあります。私は正直、「こいつ何言ってんだ?」と思いました。勿論、その場では本音は言わずに空気を読んだ回答をしましたが、マナーを守らない人間はおかしいのか?いや、おかしくはないでしょう。

マナーを守らない人間はその人が社会の中で生きていくうえで他者との快適な共存を望んでいないだけではないか?望んでいる人はおそらくマナーを気にするだろうし、結果的に守る人が多いのでしょう。別に犯罪を犯しているわけでもないのだから、守る気がない=他者と快適な共存を望まない人がいても、別にそれはその人の勝手と言えるでしょう。だから、マナー=常識といえるのならば、マナーを守らない人間は社会の中において少数派であることは間違いないでしょう。しかし、マナーはルールではない。だから、遵守を強制させられる謂れはない。

この面接官の質問の真意の中には「マナーを守らない人はおかしい」という意味が含まれているのだと思います。私はマナーはあくまでも同じ価値観を持った人たちの集合にしか過ぎないと思っていますし、マナーはルールでない以上、守る義務がないと思っています。ですから、別にそういう人がいてもおかしいとは思いません。だから、電車の中でお菓子を食っていようが、化粧をしていようが、自分に被害が及ぶようなことでもなければ、正直何とも思いません。

世の中にはこういった行為をされると腹を立てるような人がいるようですが、それに対して文句を言うくらいなら鉄道会社に訴えて、「ルールで禁止してくれ!」と言った方がよほど建設的かと思います。ただ、鉄道会社がそれをルール化しない、できないのであれば、それは利用者の良心に任せている部分もあるでしょう。しかし、そういった曖昧な状況を作り出してた結果、可哀想なのはマナーという曖昧な存在を蔑ろにしていることを咎められる人たちです。

ルールにすれば白黒はっきりする。マナーというグレーゾーンだからこそ、ルール同様の要求をする人たちがいるし、マナーなんだからと守る気はさらさらない人たちがいる。マナーという言葉は個人的にはそういう曖昧な空気の中で人々を疲弊させるものだからこそ、私は嫌いなのです。


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