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地元の県庁、市役所の志望動機で「愛着」を据えるのはNG?

公務員試験の面接でよくありがちなのが「地元なので愛着があって」みたいな感じのものです。志望動機を語る際によく使われる言葉、文言だと思います。地元の市役所、県庁等を受験するときには、有利と言われることがありますが、それは要は長く住んでいるから愛着があると客観的に認められるから。または「愛着があるから」という志望動機を語ることができるから。というのがあるかもしれません。しかし、愛着があるから。という要素は本当に有利に働くのでしょうか?

愛着がないよりはあった方が良いのはその通りです。ただ、実際に面接官が「愛着の有無」だけで、評価を上下させていたら、これはおかしいんじゃないか?と思うのです。それはそれまで長くその地域、街で住んでいる分、愛着があるのは確かにその通りだろうし、愛着がないよりはあった方が良いと思うのですが、じゃあその地域や街に住んでいない人は愛着を持てないのでしょうか?もっと言うと、働き始めたら愛着持てるんじゃないですか?

つまり、地元だから、その街に長く住んできたから愛着が芽生えたというのなら、その街に毎日通勤すれば、愛着が沸くのは時間の問題じゃないでしょうか?1ヶ月?半年?1年?期間はどれくらいかかるか?分かりません。でも、普通に週5日くらいのペースでその街に通って、仕事をして、飲んだりして、帰ってということを繰り返してみれば、地元と同じくらいに通勤先にも愛着は沸いてくると思います。

私だって、高校と大学は地元の県じゃないところに通っていましたが、自分で言うのもなんですけど、通っていたエリアについては今でも凄く懐かしいですし、愛着は生まれたと思っています。たった数年ですよ。公務員になれば、数十年勤めていく前提ですよね?そりゃ愛着も沸くでしょう。つまり、面接時点での愛着の有無、または愛着の差というのは、その時点での差でしかなく、その後はどんどん差が縮まっていくと考えるのが普通でしょう。

要は面接のときに英検3級持ってます!というアピールをしたら、英検3級持ってない人(受けてない人)より有利か?って言ったら、別に有利だとは思えません。だって、英検3級なんて、受けさえすればいつでも取れるんじゃないの?と、常識から考えると、そう考えるの当然だと思います。後から簡単に埋められてしまう差というのは、アピール材料にはならないということです。地元への愛着というのも、この例と一緒だと思います。

愛着があるからっていうのは、イメージでいうと良いものだと思いますけど、愛着があったら何なんでしょう?仕事が上手くいくのでしょうか?あまり公務員になってからの仕事のことと関係性が薄いのではないか?と思います。そもそも、面接で仕事の能力とか、出来具合を見極めるというのは難しいですけど。実際に面接官が、愛着云々の志望動機などを聞いて、どう考えているのか?どう評価しているのか?は非常に興味があります。

私はすでに述べたような考えですから、私が面接官なら、すでに述べたような質問を受験生にするでしょう。面接官がこういう志望動機を評価しているのか?は分かりませんけど、個人的には「愛着」を持ち出して志望動機を練るのはおすすめしません。マイナス評価にする必要はないと思いますけど、プラスにもならないのではないか?と思うからです。市役所や県庁を受けるときには、自分が公務員としての仕事を通して何を成し遂げたいか?どんな街にしたいか?を述べた方が良いような気がします。そして、それは漠然としたもので良いと思います。

あまり特定の仕事や個別のプロジェクトだけ(例えば、少子化対策、環境保護など)に限定し過ぎると、それ以外のやりたくない仕事のとき真面目にやるのか?と思われるかもしれないので。だから、公務員の仕事を全体として含めてしまうような、ちょっと漠然としたくらいがちょうど良いのでは?と思います。そういうその自治体で実現したいことを述べた上で、じゃあ何でこの自治体を選んだか?というときに「地元なので、愛着があって・・・」ということを付け加えるなら、別に問題ないのでは?と思います。あくまでも志望動機の中心が「愛着」になると、まずいのでは?ということです。


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