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「ゆとり世代」を批判する人は、彼らの価値観を理解できてない

昨日放送された「ビートたけし」のTVタックル」はゆとり世代特集でした。以前にも、ゆとり世代について個人的見解を述べたこともありますが、ゆとり世代は人を揶揄したり、批判する際の口実に使われ、まるで「ゆとり世代だから・・・」というのが根拠になってしまっているようなのです。そういうことを私は言われたことがありませんが、仮に言われたら、その程度の人間なのか。と、逆に可哀想に思うでしょう。ゆとりといえば、最近話題になっているのは、説明しない上司と自主的に行動しないゆとり新入社員のどちらが悪いのか?といったことも議論されるなど、話題が尽きません。

番組では、いろいろな問題についてゆとり世代に関することが話し合われていて、ゆとり世代の私としても大変興味深かったです。その中で1つ気になったものを挙げるとすると、名前は忘れてしまいましたが、マナー講師という年配の女性出演者が言っていたことで、「ゆとり世代はネットに依存しすぎていて、自分で考えない」というものです。この人はマナーを教えているときに、そういう経験をされたみたいですが、それはネットで調べれば答えが載っているから、自分で考えるようにならない。というものみたいです。

私はこのときにテレビに向かって独り言で突っ込みを入れまくっていましたが、そもそも自分で考えるようにならなくなったとして、それの何がダメなのでしょうか?そこがまず理解できない。自分で考えないと答えが出ないようなときに、ネットに頼れば答え(またはそれに近いもの)が簡単に手に入る。それは単純に作業の効率化であり、非難されるべきものではないと思うのですが。そういうことばかりしていると、いざというときに何も考えられないということを多分言いたいのでしょう。

要するに、ネットに答えが載っていない問題に直面したとき、自分の頭しか頼れない事態が発生したときに、どうするんだ?ということをおそらく言いたいのだと思いますが、そういう事態にが仮に発生したとして、じゃあそこで初めて自分の頭で考えれば良いじゃないか!?ネットに頼っても、頼らなくても、いつかは多分そういうときがきますよね。それが早いか?遅いか?の違いであって、1回目は必ず訪れるわけじゃないですか?だから結局、違いが分からないのです。

自分で考えるよりも、ネットで検索して答えを探した方が手間がかからない、時間が早い、確実性があるといったメリットがある場合、やはりそちらをとりますよ。楽をするというと、言い方に語弊があるかもしれないけど、さらに合理的な手段がとれるうちから、それを採らずによりムダの多い手段を採る意味が分からない。普段からそんなことをしていると、一生をムダを積み上げるだけの気がします。それが使えないときになって初めて、じゃあ自分で考えるか。と、自分で考える必要性が出た場合に初めて、自分で考えれば良い。それをしなくても済むうちからやるのは、やっぱりムダの部分が多いと思うし、必要性に乏しいと思います。

「若いときの苦労は買ってでもした方が良い」ということわざがありますが、私はそれは自分から苦労を買いに行く必要はなく、結果的にした苦労は将来のためになるかもしれない。というものだと思います。わざわざ自分から苦労をしに行くのは、それこそちょっとおかしい人じゃないか?と思います。実際、会社に入れば何事も業務は効率化されていて、苦労がないわけではありませんが、苦労をするということからはちょっと離れてしまいますよね。私はこのことわざ自体、正しい言葉だとは思えないのです。

あと、ネットに頼って何も考えないと言っていましたが、ネットに載っている情報を見ただけで鵜呑みにしている人は少ないと思うんです。ネットに精通している人ほど。彼らはネットの匿名性を理解して、気軽に適当な情報が載せられやすいことを知っている。だから、複数の媒体を閲覧して、信憑性を確かめたり、取捨選択をしているはず。ネットに頼ったとしても、別に何も考えていないわけじゃないと思う。番組では、算数の台形の面積の求め方を紹介していましたが、これだって、実際大人になって台形の面積の求め方を使う場面があるのか?どうか分かりません。大切なのは、どうしてそういう求め方(公式)になるのか?ということだと、番組では話されていた気がします。ただ、実際に生きていくうえで、その公式に至る経緯を知ってどうするのかな?と思います。

台形の面積の公式さえ知っていれば、台形の面積を求めることはできる。しかし、台形の面積の公式がどうしてそうなるのか?それを知ったところで、何に役立つのか?全く理解できない。識者によれば、先ほどみたいに考える力が養われるのかもしれませんが、私にしてみれば、それって漠然とし過ぎていて意味が分かりません。考える力と言われても、台形の面積の公式がそうなる理由を教えた、学ばせたところで、今後の考える力が養われるとは思えません。それはやはり「考える力」なんて概念が漠然としすぎているから。それが身についたか?かどうかも分からなければ、それいつ役に立つかも分からない。概念自体が漠然としすぎてきて、それが将来のためになるとか言われても、信用できない。現代文とかの読解力とか、日本語力とかと同じだと思います。

長くなりそうなので、この辺にしておきたいと思いますけど、番組では「ゆとり新入社員はすぐ辞める」という最近話題のことについても話されていて、会社を辞めることがマイナス視されている感じが違和感を感じました。あと、スタジオには起業をするという人たちが多くいて、その人たちに対して、司会の阿川佐和子さんが「就職しようとは思わなかった?」と、まるで就職するのが当たり前のような発言をされていて、それも今の時代は違うんだよね。と言いたくなりました。ゆとり世代とゆとり世代を批判する人たちの間には、こうした価値観の違いがそもそもあるんだな。と実感しました。


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