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マナー押し付け厨ほど、他人に迷惑をかける人たちもいない

どうやらTwitterで話題になったのか?遠足に向かう園児が電車の中で集団で床に座っている画像を巡って、いろいろと物議を醸しているみたいです。どうしてこういう行動を教員の人たちがとらせたか?というと、多くいる園児を座席に座らせると、座席を独占してしまい、他の乗客の人に迷惑がかかるということ、そして、つり革には当然手が届きませんから、危ないということから、床に座らせたみたいですが、これについては賛否両論みたいで、私に言わせれば、こんなことでいちいち怒るなよ・・・(笑)と思いますけど。

このニュースに関するとコメントを見ていると、どっちかっていうと批判の意見の方が多いですね。このケースでは、人がまばらで、座らせても大して邪魔にならないという状況のようで、私に言わせれば、批判を受ける理由がほぼないと思うんですが。実際に園児を座らせたときに1番問題になるのは、人の邪魔になるということです。それさえクリアしていれば、別に座っていようが、寝ていようがはっきり言って私なら、その場にいても華麗にスルーするでしょう。

ただ、世の中にはそういう状況で文句を言いたい人が山ほどいるってことでしょう。「床に座らせるなんて汚い」、「園にクレーム入れるべき」、「車内の床に座らせるってどういう教育方針してるわけ?」といった、的外れなコメントが多く目立ちます。まず汚いに関しては完全に余計なお世話でしょう。それは園児自身が思うものです。園にクレームを入れてどうするんでしょう?私はこれが正当なクレームには思えない。実際に問題が起きていないし、起きるとも思えない状況でクレームを入れるって、ただのモンスタークレーマーでは?何も考えずに床に座らせたのではなく、きちんと状況を観察し、その中で最善の策をとったのに、教育方針がおかしいって言いたいのでしょうか?じゃあ、このケースでこの人は他にもっと良い手段があったと言いたいのでしょうから、それを提示してほしい。

電車の中でのマナー云々のトラブルって、本当に多いですよね。何かこういう光景を見るたびにマナーって言葉の意味がどんどん変わってきているような気がします。マナーってのは、他人に対して心使いをする意味で、自身がすべき行動の指針になるもの。つまり、ルールとは全く違う。ルールはそれに関わる人は全員が守らないといけないもの。マナーは各自が判断するもの。だと思っています。しかし、こういう電車の中とか、ネットでもそうですけど、マナーを守れとか、〇〇するのがマナーとか、完全にマナーを押し付けてくる人が後を絶ちません。それはもはやマナーじゃねーだろと(笑)

しかも、マナーってのは便利な言葉で、その人しか主張していないようなことでも「マナー」って言葉を使うだけで、まるで世の中の大多数が同じコトを思っているみたいに錯覚させる効果があります。実際、それがマナーとして、常識として定着していないようなことでも、マナーといってしまえば、それを言う方が確実に正しいみたいな雰囲気になっちゃうのが恐ろしいところです。要するに、マナーってのはどうして正当性が生まれているように感じるか?っていうと、圧倒的多数の力を借りているからです。自分1人が主張してもダメだから、他の奴も同じこと言ってるぞ!(実際は言っているとは限らない)って、感じで無理矢理通そうとする姿勢がどうも、ずるい感じがしてしまうのです。詳しいことは「結局「マナー」を押し付ける人は、自分じゃない不特定多数の力を借りたいだけでしょ?」で代弁してくれています。

ネットの相談サイトには、「電車の中で、邪魔にならなければ床に座っても良いですか?」という質問に対して、「美意識」という観点を持ち出して、マナー違反ということを言ってくる人がいました。ここでいう美意識というのは「多くの人が見たくないものは見せない」という意識らしいのですが、これは「邪魔にならない」という条件がついているので、例えば、電車のある車両の中に2人しかいなくて、そのうち1人が床に座っている。しかし、列車が駅に止まれば、ちゃんと立って邪魔にならない位置に移動するというケースでしょうか。こういう状況なら、マナーといった観点を持ち出す以前に反論の余地がないと思うんですが。誰の邪魔にもならない(誰にも迷惑をかけない)という状況が発生している状況で、それを否定する方が難しいと思います。

つまり、何で「美意識」という観点をこの人が持ち出したのか?というと、個人的にこういう光景がおそらく気に入らないけど、反論するポイントが他にないからです。つまり、明らかに問題が起きる余地のない行為でも、気に入らない行為を無理矢理にでも否定するために、美意識という、また他人の力を借りた集合的価値観を引っ張り出して、床に座るなんて光景を見たくないから、見せる奴は美意識に欠ける(マナー違反)ということを言いたかったのかと思います。「見たくないから見せるな」ってのは、私からすれば随分わがままな理由だなーとしか思えないのですが。じゃあ、あなたは普段何気なくしている姿で、他人を不快に思わせたことはないのでしょうか?あなたの洋服似合ってないから見せないでよ?って主張も通りそうですが。

結局、マナー云々にうるさい人ほど実はマナーを分かっていない人だろうと思います。先ほどの電車のケースでも、マナー違反を主張できるのは、乗客の邪魔になっている等の明らかに被害が出ているケースだと思います。それがないにもかかわらず、その光景が嫌だ。ってのは、あまりに身勝手な言い分に思えてしまいます。これもおそらく他の多くの人たちの声を利用して「美意識」という、常識のような観点に作り上げられたものかもしれません。インドでは「人は他人に迷惑をかけるものだから、他人の迷惑は許してあげなさい」と教えるそうです。日本人は全く逆で、そもそも人に迷惑をかけるな。と教えます。しかし、それは絶対に不可能です。労働者の権利である有給休暇を行使すれば、当然会社に、同僚に迷惑がかかります。そういう状況は避けられません。

他の国の人はどうか知りませんけど、日本人は自分の信念にそぐわないモノ、行動等をすぐに批判する人が多い気がするんですよね。例えば、私が何度も出しているベーシックインカムのことを例に出すと、「やっぱり、働かざる者食うべからずだよね」っていう理由で反対する人がいます。これも理由としては全く理解ができません。詳しくは「ベーシックインカム反対の理由が「働かざるもの食うべからず」なのは違和感」記事を読んでほしいですけど、ベーシックインカムが導入されても、働くべきと考えている人は働くことを妨げない。働かざる者食うべからずと考えているなら、じゃああんたは働けばええやん!となりますが、彼らはそれじゃ満足しないのでしょう。自分だけじゃなくて、他の人も全員自分が持っている信念「働かざる者食うべからず」の通りに生きないと気がすまないんじゃないか?と思うのです。ここまでくると、人の人生にまで干渉してきて、本当に迷惑でしょう。他の人の生き方まで自分の思い通りにいかないと気が済まないってのはちょっとヤバイんじゃ・・・。

思うに、他人に何かを強制したいが明文化されていない。だから強制するための根拠として「マナー」を持ち出すのでしょうね。

これはネット上で見つけた言葉ですが、これはマナーにうるさいに人の本音じゃないか?と思います。
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