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「美味しんぼ」に描写が福島県双葉町に対する風評被害を助長?

人気漫画「美味しんぼ」の「作品内のキャラクターが原因不明の鼻血を出す」という内容が福島県双葉町に対する風評被害を助長するものとして、批判に晒されています。個人的には福島県の人たちの気持ちは分からないでもないのですが、こういうケースって、探せばいくらでもあるような気もしますけど、どうして今回のケースだけ?というのが私の1番の疑問です。風評被害を発生させる恐れがあるフィクション作品の描写は、別に美味しんぼだけではないと思います。

美味しんぼ作者の雁屋哲氏は「2年に及ぶきちんとした取材にもとづいて書いた」としていますが、他の識者からは科学的な因果関係は認められないとしています。この人は科学的根拠に基づいて書いたのか?そもそも、科学的根拠がなければこういう描写はしてはいけないのか?「原因不明」としていることから、作品内ではあくまでも福島県の双葉町に鼻血を発生させた原因があると、作者は意図していないのでは?と思います。

意図的に風評被害を起こす目的ではなく、仮に他の県の人々が勘違いをしたとしたならば、それはその人の理解力に問題があったと判断すべきではないでしょうか?ネット上を探してみれば、それこそデマなんていくらでもあるし、「情報の取捨選択」について叫ばれることすらあります。それはデマを流した人よりも、デマに流される人たちに対する警鐘だと思います。つまり、デマに流される人たちを批判しているわけです。しかし、今回の件はデマを流した人に対する批判ばかりです。また、有名人のWikipediaに嘘の情報が、中には名誉にかかわる嘘がたくさん含まれていることはよくあるみたいです。

Wikipediaを見て、え?あの人だったの?って思う人がいるかもしれません。それはその人の沽券や経済的な損害にかかわる問題かもしれません。しかし、それを流した人に批判はなかなかいきません。それはそれを流した人が匿名だから。というのもあるでしょう。見えない敵には攻撃はしない、できない。しかし、それをした人が明らかな場合には攻撃をする。そういう事情も今回はあるのかな?と思います。ただ、相手を選んで、状況に応じて、批判をしたり、しなかったりするのは、風評被害を批判する人の姿勢としてはあまり説得力が無いような気がしないでもないですが。

先ほど挙げた有名人のWikipediaについても風評被害にあたる要素だと思うんですけど、私が1番違和感を感じるのは、そういった事例はほとんどお咎めなしで、今回の問題が風評被害の件で、どうしてここまで槍玉に上がっているという点です。風評被害には違いないので、批判されるのは仕方ないにせよ、何で美味しんぼだけ?と思います。風評被害を助長するものなんて、世の中にいくらでもあるのに・・・。というのも、冒頭でも述べたように、ある一定の人たちに対する風評被害を助長するフィクション作品の描写は、別に今に始まったことではないですよね。

例えば、2時間もののサスペンスドラマは殺人事件などを題材にします。そして、よく舞台になる場所はだいたい毎回同じような場所ですよね。京都とか、そういう場所はよく殺人事件の題材になる。しかし、じゃあその京都が日常的に殺人事件が発生する場所という風評被害が起きるだろ!やめろ!なんて声は聞こえません。それは作品がフィクションだということ、そして、誰もが京都がよくサスペンスドラマの舞台にされるからといって、殺人事件多発の因果関係は認められないことを認識できるから。

作品がフィクションであること、福島県双葉町で起きた原因不明の鼻血発生の因果関係が認められないことは今回のケースでも一緒だと思います。性質は一緒なので、普通の人の理解力なら、作品の中で起きたことが現実でもそのまま起きるという考えを持つとは思えません。しかし、唯一の違いを挙げるとすれば、福島県は今まさに風評被害を抱えやすい状況にあるということ、そして県民や町の人々がそれに絶えず敏感であるということです。

だから、東日本大震災がなかったら、福島県の原発事故がなかったら、今回の描写がここまで批判に晒されることはなかった気がします。そういった事情がない京都では、いくらサスペンスドラマで殺人事件を描こうが文句は言ってくる人はほとんどいないわけですよ。その違いがあるので、冒頭で示したように私は風評被害を主張する福島県双葉町の人たちに一定の理解を示します。また、京都で撮影されたサスペンスドラマなんて、もう数え切れないくらいに作られているので、人々がなれてしまった感もあると思いますからね。

今回の描写について、作者の雁屋氏が何を意図したのか?はちょっと不明なものの、やっていることは多くのことがやっていることと同じことだと思います。しかし、彼が今回どうしてここまで批判を受けたのか?というと、以上のような事情があるからだと思います。時期的にまだ福島県のことを書くべきではなかったのかもしれない。それは世の中が、福島県の人々が福島県に関する風評被害に敏感で、批判を受けやすいという意味で。批判を受けても良いというのなら、彼の自由かもしれませんが、こういう騒動に巻き込まれたくないなら、時期を選ぶべき(福島県に関する問題が世の中でも沈静化するまで)だったかもしれません。それはいつになるのやら。という感じかもしれませんが。


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