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家庭訪問の目的や意義って何?わざわざ家にくる必要性は?

昨日のサザエさんを見ていたら「家庭訪問」に関する話がされていました。家庭訪問って、昔からありますよね。今はやらない学校も増えてきたみたいですが。調べてみると、家庭訪問の意義というか、目的に疑問を感じている人が中にはいるようで、私もその1人なんですが、私の場合は中学校までは家庭訪問がありました。はっきり言って、生徒だった頃の立場からすると、面倒以外の何物でもないですよ。毎年家庭訪問の時期がくると、憂鬱でした。

1、2年は同じ担任の先生で、確か2年のときはなかったと思います。その担任の先生は家を訪問はしてきたのですが、あらかじめ「玄関で話をするだけだから」と言っていて、親と玄関先で話を10分程度して帰っていったと思います。私は一切家庭訪問にかかわりませんでした。しかし、3年のときの担任は家の中まで入ってきて、私と母親と先生の3人で学校のこととか、いろいろ話をしていた記憶があります。

今でも、本当に生徒の立場からするとウザいという言葉が1番適切だったと思います。また、教師によっても家庭訪問に対する温度差はあるようで、玄関先で済ます人もいたり、家の中まで上がってくる人もいたりと、家庭訪問に対する考え方も違う人がいるみたいです。別にどっちが良いとかは思いませんけどね。さて、この家庭訪問をする客観的な意味とは何なんでしょうか?

調べてみると、いくつか理由があるようです。だいたいは以下のものに集約されると思います。

1.家の中の雰囲気、家庭の状況を知るため
2.生徒の家から学校までの通学路の確認
3.学校で3者面談等をするよりも、話しやすい


大きく分けると、この3つでしょうか?1つ目に関しては、教師の思惑として確かにそういう目的があるのでしょう。教師であれば、えきるだけ生徒のことを知っておきたいと思うのは当然です。しかし、実際どこまで知ることができるのでしょうか?ここで言っておきたいのは知ると感じるは違うということだと思います。例えば、実際に親と話してみて、親を目の前にして、子供が全然喋らない。私はこのタイプだったんですけど、そうなると親子関係はどうなんだろう?とか思うかもしれません。

しかし、私の場合は親子関係が悪かったわけではなく、単にコミュ障だったから、または面倒くさくて早く帰ってくれー。って思っていたから、全然喋りませんでした。客観的に観察できる様子と、実際の事情は完全に異なる可能性もあるということです。教師が感じたことは推測に近くて、事実を知るとは別の次元の行為だということです。だから、中には各家庭の事情を勘違いしているケースというのもあるかもしれません。面接官が受験生の話を嘘と見破るというケースと似ているかもしれません。嘘を見抜けたと思っているのは面接官だけだというのに。

2番目に関しては、別に家庭訪問とセットでやる必要がないですよね。家庭訪問をしないといけない理由にはならないので割愛します。3番目に関しては、教師の人はそう思っているかもしれません。親はちょっと聞いてみないと分かりません。しかし、生徒の立場から言わせてもらえれば、明らかに学校でこういう場を設けてもらった方が話しやすかったですよ。自分の家で教師と親と一緒の空間にるというのが、とても違和感がおおありで、冷静な感じでいられないのです。

だから、私は明らかに学校で行う3者面談の方が居心地が良かったというか、より真剣に話をしようという気になれたと思います。3者面談も家庭訪問も、教師と親、教師と生徒というセットでの話しになると思います。つまり、親と子供がこういう場で話をすることって、あまりないと思います。そうなると、生徒である自分が話すのは教師だけ。したがって、いつも一緒にいる学校の方が明らかに面と向かって話す場としては気楽なんです。慣れているから。本音とかもまだ話しやすいかもしれません。

たあ、教師の言い分としては、学校だと自然に家庭の話題に持っていきづらい。学校の勉強の話ばかりになってしまうという事情があるらしいのですが、それは教師のコミュニケーション能力の問題であって、別に学校にいるときでも家庭の話をしても良いでしょう。それは教師の能力の欠如を転嫁された気分なんですが。

結局、大きいのは家庭の雰囲気や事情を知ることだと思います。ただ、先ほど挙げた面接官の例のように、教師が分かった気になっている可能性もあるので、そこは気をつけてほしいのと、家庭の事情が分かって、それを何にどうやって応用するんだろう?という疑問があります。ちょっと問題ありげだと思ったら、介入してくるってことえすかね?それも程度によっては賛否が分かれそうですけど。

まー、難しい問題ですが、今は家庭訪問が減っているらしいです。それは以前「教師は勉強だけ教えれば良い、多くは仕事量が多すぎて疲弊している」という記事でも書いたように、教師の仕事量が増えすぎていて、疲弊している理由もあるかもしれません。教師の仕事量を削るなら、ダメージオ少ないところから当然削ると思いますが、家庭訪問というのは、学校側にとっては真っ先に削られてしまう位置づけだったということえしょうか?


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