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教師とサラリーマンは違う?教師は聖職者?全く説得力がない

今でも続いている入学式を欠席した教師に関する話題です。連日、いろいろな人が意見を言っていて、賛成、反対問わず見ていて大変興味深いものです。特に反対の人たちが口にしているのが「教師(公務員)はサラリーマンとは違う」ということです。これを根拠にして、サラリーマン同様に理由を問われない有給休暇の行使はすべきじゃないと異議を唱える人が多いです。

確かに一緒ではないと思いますよ。公務員とサラリーマンは。ただ、具体的に何が違くて、それによってどうして有給休暇の取得の仕方まで変わるのか?という部分が何処を見ても述べられておらず、私はこの主張に頷くことはできません。公務員は大変公共性の高い仕事をしており、使命が違うということがあると思います。

ただ、サラリーマンも業種によっては公共性の高い仕事をしていますよね。というか、広く見ればほとんど公共性があると思うんですよね。私たちの生活になくてはならない仕事をしている人はたくさんいると思います。例えば、電車の運転手とかね。

あとは給料に税金が使われているということ。これをよく挙げる人もいるかもしれませんね。ただ、私からしてみれば税金をどうしてそんなに神聖視できるのか?理解できません。私たちの稼いだお金で養われているのが公務員です。サラリーマンは違うのか?サラリーマンも私たち消費者として払ったお金が、そこで働く社員の給料に使われていると思います。よって、この点でもそこまで違いがあるとは思えません。

今回の教師の行動賛辞を贈っている私がどうして公務員とサラリーマンの違いについて、説明しているのか?も謎ですが、分類上で公務員か?サラリーマンか?の違いはあるものの、その実質はほとんど差がないと思います。多くの人が言っているほとんど「イメージ」の差だと思います。中には「教師は聖職者なんだから」と言い出す人もいますが、これも完全にイメージの問題であって、教師=聖職者という定義はありません。それを理由に批判をするのえあれば、まずこちらを証明するのが先だと思います。

中には、この聖職者という言葉を使った反論に対して「吊られた男の投資ブログ (インデックス投資)」というブログで、以下のようなことが書いてありました。

「教師は聖職者なんだから…」と文句を言う人もいますが、教師を聖職者と思うならなおさら文句言うなという話です。「教師は聖職者なんだから…」という人たちはそもそも教師に対する尊敬がありません。

聖職者の位置づけを理解して言っているのでしょうか。かつての教会の権力は絶対的なものであり、聖職者は特別な存在です。一市民が簡単に批判していいい対象ではありません。


聖職者というのは、私たち一般人とはちょっと違う、一段上の身分の人たちというイメージがあります。フランス革命前のフランスの議会では、第三身分の平民に対して、2つ上の位を与えられた存在だったくらいです。つまり、聖職者は私からしてみれば、完全に敬う存在であり、文句を言うなんて言語道断だということでしょう。聖職者のような偉い人たちのする行動は黙って尊重するべき。というのが正しいのかもしれません。

今回の問題に対して批判をする人の根拠としては、以上のようなイメージによるところが非常に多く、曖昧で抽象的で、それって、ただのあなたの価値観だよね?て言われちゃいそうなものばかりな気がします。そりゃ今回の教師の行動を賛成している人たちからすれば、到底納得できるものではないと思います。世論では、やや教師の行動を問題ありとする人が多いようですが、彼らのうちのどれだけが、私たちに対して納得できる理由を提示できるのでしょうか?


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