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「学校の勉強は役に立たない」以上の問題点が今の学校教育にある

昨日放送されたフジテレビ「ネプリーグ」で、大変興味深いシーンがありました。それは漢文の「レ」、「二」、「三」といった記号を総称して何と言うか?答えは「返り点」で、私は奇跡的にも覚えていました(笑)しかし、スタジオの解答者は1人も答えられず、そこで東進ハイスクールの林修先生がこの返り点について解説をしてくれました。

要約すると、中国の文章というのは日本語とは違った順序で読みすすめていくために、それを分かりやすく誘導するために先人がこうした返り点を発明したとうことでした。しかし、その林先生の解説に対して、スタジオの解答者の1人であった黒木メイサさんが「そんなものをわざわざ発明する必要あったのですか?」と、投げかけます。それに対して林先生は「うーん、先人たちの苦労を粉砕するような発言ですね(笑)」といった風にしか答えられず、黒木さんの何気ない疑問には上手く反論できなかったんですね。

私はこの放送を見ていて、確かに返り点を発明して、一体何になるんだろう?と思いました。というのも、例えば英語に関して言えば、こちらも日本語とは順序が違いますよね。「私は君が好きだ」というごく普通に日本語を英訳すると「I like you」になり、これは「私は好きですあなたのことを」に訳されます。しかし、別に意味は一緒ですし、その日本語との順序の違いに違和感を感じる人はほとんどいないと思います。

つまり、別に文章を読みすすめる順序が日本語と異なっていても、その言語に慣れてしまえば全く違和感なく理解できるということです。漢文だって、同じだと思うんですよね。わざわざ返り点のようなものを学ぶ手間をかけてから漢文を学んでも、返り点を学ばないで漢文を読む努力をしても、結局漢文を読めるようにはなるはずです。

先ほど挙げた黒木さんの疑問に対して、まともな反論ができないのは、それがやはりムダであることの根拠の1つになってしまいます。「学校の勉強は役に立たない」と言われることはありますが、今回はそれ以上の問題なんですよね。例えば、化学式なんて学んだところで、大多数が将来はサラリーマンになるのだから、そういう人たちにとっては役に立たないことが多いでしょう。でも、科学者になった人には役に立つはずです。割合は少なくても学校の勉強が役に立つケースもあります。

しかし、今回の問題は、漢文が将来役に立つか?という問題以前に、漢文を理解するのに返り点を学ぶ必要があるのか?という二重の問題になってしまいます。もっと問題の底が深いのです。将来、役に立つ可能性が乏しいのだから漢文を学ぶ必要がない!という主張以前に、漢文を理解するのに返り点は必要ない!という主張すらも罷り通ってしまいそうです。ムダが二重構造なんです。林先生の言う先人たちの苦労というのは、私たちに無駄な勉強の手間を与えた以外の何物でもない気がしてしまいます。


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