トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

「袴田事件」から考える、恐ろしい冤罪は決して他人事じゃない

私は真犯人が捕まらないよりも冤罪の方が恐ろしいです。冤罪というのは交通事故と同じで、いつ巻き込まれるか?分からない。しかも、何の非もない自分が、いつ生活が一変するか?分からない。交通事故も理不尽な場合が多いですが、冤罪によって、死刑判決を受け、何十年も拘留されている、想像しただけで許しがたい事態です。

これが本当に冤罪なのか?どうかは私たちには分かりません。袴田巌さん本人には100%分かるわけですが。こういう冤罪が認められた事件は実は過去にもあって、そのときには数千万円の賠償金が支払われましたが、たった数千万!?って感じです。お金で解決できる問題ではありませんが、完全に国の財政状況を考慮しちゃった金額ですよね。ふざけるなと。何億、何兆って金額でも足りませんわ。

証拠捏造とか、警察、検察のプライドの問題とか、今回の場合はいろいろ原因が叫ばれています。ただ、司法制度、裁判制度が続く限り、冤罪はなくなりません。あくまでも現実的な問題として。行われた判決が冤罪なのか?そうじゃないのか?それは被告本人にしか分かりません。それ以外の検察、裁判官の判断はあくまでも証拠や証言を聞いたうえでの推測でしかないわけで、それが確実に真犯人なのか?そうじゃないのか?確認のしようがありません。

ほとんどが現行犯ではなく、集められた証拠や証言を検証するやり方(おまけに捏造や買収が可)で、さらに後から第三者が、下された判決が正しかったのか?の確認が確実にできない以上、今回の事件に限らず、裁判が行われるにつき、冤罪が一定数おきていると考えるのが自然でしょう。冤罪で顕著なのが男性の痴漢冤罪事件ですね。

以前というか、去年かな?バスに乗った男性がバスに搭載されているカメラに映っており、両手が塞がっているのが確認できていたにもかかわらず、有罪判決を受けたことがあります。このニュースは私は呆れたどころか、怒りすらこみ上げてきて、ネットでもこの判決を下した裁判長の名前が晒されて、総叩きを食らっていました。誰が見ても、犯罪が物理的に不可能な状態でも有罪を下す裁判官がいるということ。これは冤罪問題を考えるときに1番の大問題です。司法制度、裁判制度だけではなく、裁判官にも欠陥がある場合もあるのです。



以上はTwitterでの声の1つですが、何か妙に説得力があるというか、今回の事件を思うと本当にその通りな気がしてしまいます。こういった例ではなくても、被告を立件する検察も、捜査をする警察も、判決を下す裁判官も人間ですから当然ミスをするし、または故意に不当な行動に出ることも考えられます。冤罪は司法制度が未来永劫続く限りなくなりません。あとは冤罪に巻き込まれないように願うだけです。完全に運任せです。運が悪いと、国によって袴田さんのように人生をめちゃくちゃにされます。本当にクソくらえな状態ですね。

冤罪はたびたび起きていますが、こういった本当に大きな冤罪が報道されない限り、私たちはなかなかその問題点に気付かず、議論すらされづらいです。それは客観的な確率から自分が冤罪に巻き込まれる可能性があまりにも低いから。自分に起こるわけが無い。他人事だと考えているからだと思います。誰かが大きな冤罪に巻き込まれないと、私自身、実際に冤罪に対する問題について考えもできませんでした。自分にちょっと嫌気が差しています。


ランキングに参加中です!良かったらクリックお願い致します!→ ブログランキング・にほんブログ村へ
関連記事

 
トラックバック
トラックバック送信先 :

プロフィール

Auther:さいてぇ(管理人)

ハンカチ世代の零細フリーランサーです。毎日とても眠くて起きるのが大変です”_| ̄|○”ハァハァハァ


ブログパーツ

スポンサードリンク

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム