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圧迫面接の意味って?社会の理不尽を強要するおかしな企業たち

「圧迫面接」という言葉も大分聞きなれましたね。最近は企業だけじゃなくて、公務員の面接でも普通にあるらしいみたいですけど。やっている企業は普通に質問をする中でやっているみたいです。学生が一体どういう対応をするのか?それを見ているという意図があるとのことです。それは社会に出れば「理不尽なことが山ほどあるから」というのが圧迫面接をやる企業側の言い分らしいです。理不尽なことが山ほどあるのは事実ですが、それを肯定して良いのか?と思います。

「理不尽」という言葉を使うからには、その理不尽を受ける側に責任や非はないわけですよね。つまり理不尽な行為をもたらす側が全て悪いということだと思います。しかし、そんな理不尽を肯定するからこそ、あえて面接で理不尽なことを経験させるわけですよね。つまり、社会に出て理不尽なことをされても、それに正論をぶつけるな!ってことですよね。理不尽があることを前提にするということは正義を貫くな!屈しろ!ってことと同義だと思います。

それにしても、その方法として圧迫面接ってどうなんだ?って思います。私はそのような面接を経験したことはありません。しかし、ネット上で実際の体験談を見ると、人によって罵詈雑言を浴びせられることもあるそうで、これは「圧迫面接」なんてものじゃなくて、ただの公開侮辱といった表現が適切かと思います。

名称に「面接」がついているから、面接の形式に則っている。面接の範囲内に収まっているという錯覚を起こしやすいです。そして、面接を受ける人も、「これも一種の面接なんだ」と諦めがちになってしまいがちですが、これはもはや面接ではないと思います。実際には訴訟を起こされたり、録音したデータをYoutube等にアップして、企業に仕返しをしているという例もあるそうで、実際こういった圧迫面接という名の侮辱を受けた側の人間は相当ショックであり、かつ憤っているのです。

理不尽なことがあるにしても、それへの対応を試すやり方として、こういった形は適切なのでしょうか?はっきり言って演技なのでしょうが、演技といえどもして良いことと悪いことがあるはずです。嘘だからといって、他人への侮辱が正当化されるわけではありません。実際、社会に出て理不尽なことが起きたら、それだって訴訟に値することは当然あると思います。多くの人は理不尽なものをある程度諦めて素直に従ってしまうのでしょうけど。

そういった今の日本社会の体質こそが理不尽な社会を維持し、それを乗り越えさせるための圧迫面接なんてものを生み出したのでしょう。理不尽さを是正するどころか、理不尽さを完全に肯定し、「お前も理不尽を味わえよ?」と言わんばかりですね。本当に酷いサイクルだなと改めて思います。大人になっても理不尽なことを言ったり、要求したりする人間はいるんですね。というか、この日本社会が、人によっては理不尽さそのものとも言って良いかもしれませんけど。


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