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ノート提出を成績評価に加えるという、愚かで無意味な学校教育

中学、高校あたりだとよくあるのが「ノート提出」という成績評価の方法です。私は当時は別に何とも思っていませんでした。しかし、今になって思うと謎なんですよね。ノートを提出して、それが成績評価にかかわるって、じゃあノートを強制的にとらないといけないってことになります。

ノートって本来であれば、勉強をするときの助けになるものなんですが、私の場合助けになったことがありません。試験前には基本的には教科書を見て勉強していました。理由は簡単です。教科書の方が多くの情報が載っているからです。また、見やすいですね。ノートは教科書に載っている内容の中からポイントだけを抜き出して整理したものでしょう。教師は生徒に分かりやすいように配慮はしているのでしょうが、私の中では教科書には勝てません。

そして、ノート提出があるがために、ノートをとる必要性が無いのにノートに黒板の文字を写さないといけない。何の意味があったんだろうか?と今更ながらに思います。調べたところによると、ノート提出といういわゆる大学の講義では「出席店」のようなものなんだろうと思います。要するに、誰にでも一定の点数が与えられるチャンスがノート提出なんだと思います。しかし、私にしてみれば良い迷惑ですわ。

ノートを提出しないと100%のうちの10%とか、20%を失うことになります。加点なら良いんですよ。つまり、テストで100%評価して、それにプラスしてノート提出をすればさらに上乗せとかならね。しかし、私の中学ではノート提出を忘れたなんて場合には、その分減点するという今でも呆れる授業がありました。何でノート提出にこだわるのか?ノートを写すことがどれだけ重要なのか?私は理解できません。

ノート提出なんかを成績に加味すると、完全に手段が目的化することになります。つまり、ノートを写すことが授業中の1番の目標になり、内容を理解するというのは二の次になります。まあ、別に内容を理解するのは後でも良いんですが、だったら最初から黒板に書く内容をプリントにまとめておいて、それを配れば良いじゃないか?と思います。そうすれば、教師が黒板に書く時間は節約され、より多くの内容を教えることができるし、生徒もノートに写す時間も手間もかかりませんから、授業の内容を理解するのに集中できるはずです。

文字をいちいち書き写すって、平安時代じゃないんだから(笑)と本気で思います。あの時代はコピー機がないですから、紫式部の源氏物語とかを読みたい人は原本を持ってきて、それを自分の紙にいちいち書き写して、それを読んでいたらしいです。あれから約1000年後も何で同じようなことをしているのか?私には理解をの範疇を超えています。

勉強方法なんてのは生徒が自主的に選べば良いもので、人によって向き不向きがあります。それを何でもかんでも画一的に行い、かつ「これが正しい勉強方法」だという、ただの教師や教育者たちの価値観の押し付けに、私を含めて多くの人たちは巻き込まれているのです。本当にこの国の教育はどうなってんだろう?と思います。


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