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ベビーシッターに子供を預けざるを得ない母親の多くは最善の努力をしている

ベビーシッター事件においては、先日、「横浜市ベビーシッター事件で、母親を非難する人達の姿勢に疑問」の記事で、私も言いたいことをストレートに言わせてもらいました。今回の被害者の母親の人は、以前1度同じベビーシッターに預けた際、子供の身体にあざがあったらしく、そういった事態を認識しておきながら、同じベビーシッターに預けるというのは、流石に私もあまり擁護できない。しかし、見ず知らずの他人に子供を預けることがここまで批判されるだろうか?と改めて思います。


今回の事件について、政治家の鈴木宗雄氏は以下のようにブログで述べています。

2歳の子供を殺した男はとんでもなく論外だが、インターネットで見ず知らずの人に簡単に自分の子供、しかも2歳と8ヶ月という幼い子を預ける母親の神経も首を傾げざるを得ない。ベビーシッターは国家資格も届け出も必要なく、誰でも出来、しかもニーズは高いという。報道で知る限り母親とベビーシッターの男は面識もなく簡単にインターネットでのやり取りである。母親として見ず知らずの人に預けた場合、安全性とか誘拐とか頭になかったのだろうか。親として無責任な面があったのではと思うのは私だけだろうか。

国家資格の有無についてはその職に就くための苦労の度合いの問題であって、別に信頼性を上げる材料にはならないと思います。そして、前の記事でも書いたのですが、インターネットを利用したベビーシッター探しと直接足を運んでベビーシッターを探すことで信頼性のおける度合いは変わるだろうか?と思います。私が言いたいのは、直接会って話してみれば、自分がその人は信頼できるという一種の安心感は得られるかもしれません。しかし、=その人が本当に信頼できる人か?という問題とは別だと思うんですよね。

インターネットを使うと、どういうわけか?手抜きみたいに言われてしまいます。その人が信頼できる人か?というのは結果でしか分からないと思います。子供を預ける前で分かるのは「信頼できそう」という期待であって、子供が無事に帰ってきて、初めて「信頼できる人だった」に変わるわけです。その確率を上げる要素があるとしたら、そのベビーシッターの人がこれまで行ってきた仕事の実績じゃないでしょうか?口コミなんかがあれば1番参考になりそうです。こういった情報は別にインターネットからでもご覧になれますよね。

鈴木氏は「子供は宝であり、かけがえのない存在である。にもかかわらず2歳としかももう一人8ヶ月の子供を3日間も預けるなら身元やベビーシッターとしての信用等、念には念を入れて預けるのが普通で、どの親でも考えるのが当たり前でないか。」と言っていますが、信用についてはそういった情報を集めて公開し、母親が閲覧できるようにするといった対策はとれますよね。問題は身元です。身元に関して調べられのなら調べた方が良いでしょう。ただ、身元を調べるといっても限界があるような気がします。例えば、犯罪歴等は照会しても教えてくれませんし、ベビーシッターの過去を洗うって、何をすれば良いんでしょうか?

話はちょっと変わりますが、子供は学校に通います。義務教育は基本的に強制です。しかし、そこで子供に授業を行う教師等を保護者は選べません。実際、子供をめぐるトラブルって学校でもたくさん起きていますよね。さすがに殺人はほとんど聞きませんが、体育の授業で死亡事故が起きるなんてケースはたまに聞きます。こういった母親が、子供を監督する人を選べないケースが実際にあり、故意ではないにせよ、教師の監督責任が問われる形で、子供たちの命が危険に晒されている場面があります。

政治家である鈴木氏が、母親が子供を見ず知らずの人に預けるなら、きちんと信頼できる人を選べと言うのなら、信頼できる人かどうか?も分からないまま、子供を預かる教師を選択する余地が母親に全くなく、そんな状況の中で学校生活を強制的に送らせる国のやり方も同じような気がしますね。いちいち教師を選ばせるシステムを構築するのも面倒だし、現実的に厳しいというのもありますが、事態はほとんど一緒ですよね。

教師は一応面接試験も受けているし、一応「良い人」と承認されて教師になっているはずです。ですから、今回のベビーシッターよりは、あくまでも客観的な信頼性はありそうです。でも、実際に不祥事を起こす教師はいるし、全員が信頼できる人ではないですよね。教師が「聖人」みたいなイメージがあるのか?あまりこういった批判はされませんが、彼らも一人間である以上、教師=信頼のおける人間とは到底言えないでしょう。

今回のベビーシッターは3日間でしたが、学校で子供を預かる時間は最低でも9年間です。ならば、より一層保護者には自分たちが信頼できる教師を選ばせるべきでは?と思います。そこに私は鈴木氏の矛盾を感じるのです。しかし、これは現実的にやろうとしても無理でしょう。それ同じで、母親が本当に信頼できる人を探すというのも限界があるんですよ。鈴木氏の言うように評判や身元を調べようが、確実におかしな人にあたらない保証はないからです。

今回の母親がどれだけの努力をしたか?分かりませんが、先ほども言ったように「信頼できそうな人」は探せても、「100%信頼できる人」は結果でしか分からないため、事前に「確実に信頼できる人」を見つけ出すのは不可能です。だからこうした批判も”今回のような結果”が生まれてからしか出ないわけですよ。今回の事件が発覚するまで私はこうした批判を耳にしたことがありません。

ベビーシッターが信頼できる人か?ということと同時に、信頼できない人ということも結果でしかほとんど判断できないために、依頼をする時点で「明らかにこの人信頼できないだろう・・・。」という人に頼んだというケース以外では、ベビーシッターに子供を預けざるを得ない母親としては最善の策を尽くしたと思いますし、この状態で批判をするのはかなり無理があると思います。評判や身元を調べるにしても限界があるし、これ以上の努力をすることが現実的に困難だと思うからです。

今回の場合は1度預けてみて、「おや?」と思うところがあったにもかかわらず、再度同じベビーシッターに預けているという点から、最善の策を尽くしたとは言えないと思います。ただ、そういった過失を除けば、今まさに全国からベビーシッターを探している母親たちの努力は最善の策であり、批判を受ける謂れはないんじゃないか?と思います。この状態でもなお批判をするならば、乙武洋匡氏の言う「見ず知らずのベビーシッターに子供を預けざるを得ない母親が存在する事態を、政治が改善しないのがいけない」ということになりそうです。


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