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日本のホームレス、他国の貧しい人たち、この両者の印象はどうして異なる?

とあるブログで自国のホームレスと他国の貧しい人たち、どちらを救うか?という話題がありました。どっちも救いを必要としている人たちである可能性は高いわけです。今の日本の状況を見ると、ホームレスの人たちに対する支援のほとんど行われていません。少なくとも国主導のものは。一部の市民の方が炊き出しとかで、食事を用意してくれたりといったことは行われています。

しかし、他国の貧しい人たちに対しては、ODAといった形で多額の資金援助、または人的援助などが行われています。どうやら、国は他国の貧しい人たちは救う気持ちが多くあるようです。そのブログに書いてあったのは「ホームレスは自己責任で、他国の貧しい人たちはそういう状況に追い込まれているからこそ、他国の貧しい人たちを救うという道を自分なら選ぶ」と書いてありました。ホームレスが自己責任という言葉に、私はすごい違和感を感じました。

そりゃ、努力が足りないとか怠けているとか、そういった原因が皆無ではないでしょうが、社会構造的な原因でホームレスになっている割合がとても多いと思います。だいたい、ホームレスの人たちをひとまとめにして「努力の足りない人たち」と捉えてしまっていることがそもそもおかしい。原因は1つではないはずです。

では、他国の貧しい人たちは努力が足りなくないのか?怠けていないのか?そんなことはないと思います。少なくとも、貧しい国といっても曖昧すぎる。国によって事情は全然違うだろうけど、国自体が貧しいから当然国民も貧しいというケースが多いかもしれません。この場合、国が貧しいのだから、そこで暮らす国民がどうあがいても貧困を脱出するのは困難な状況といえるでしょう。

ですから、この場合は努力が足りないとかいうよりは明らかに国の経済的な原因によって貧困に陥ってしまっている。という風に客観的に見る人が多いと思います。要するに、他国の貧しい人たちが全員勤勉ということはまずありえない。怠け者の人たちだっているはず。というのは、「国が貧しいから、国の経済的事情によって貧困に陥っている」という、それよりももっと大きな原因によって覆われているがために、本人の努力が足りないとか、そういった可能性はなかなか検証すらされません。

国が貧しいから、そういった明らかに大きな原因が立ちはだかっているために、それにしか他国の人も注目しないわけです。その国の人が怠けていようが、「国が貧しいんだからしょうがないよね」と見てくれるわけです。彼らが日本で暮らすようになって、全員が努力するのか?怠けないのか?そんな保証はないですよね。

逆に、日本のホームレスの人たちが仮に外国で生まれて生活していたら、同じような同情の目で見てくれるのでしょう。ホームレスの人たちも、他国の貧しい人たちも救いを必要としていることには変わりません。しかし、生活している国の事情が異なるだけで、ここまで人の目が変わってしまうのは、何だか哀しいです。


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