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国費を使っているから、オリンピック参加選手は競技を楽しむなって?

ソチオリンピックでは、日本人選手のメダルが飛び出すなど盛り上がりを見せている中、テレビなどでも有名な憲法学者の竹田恒泰氏のツイートが物議をかもし出しているようです。問題のツイートは以下になります。

「日本は国費を使って選手を送り出しています(中略)成果が出せなくて、いい思い出になりましたなどとは、絶対に言わない」

このツイートには「選手は金メダルを獲れなかったら国民に謝るべき」といった声がある一方、「選手は国益のためにやってない」という声もあり、賛否両論というところでしょうか?国費を使っているのは事実です。そこは正直、国費を使わないと選手はやっていけないのか?という疑問もあるわけですが、だからといって選手がメダルを獲ることだけを至上命題としてがちがちのプレッシャーの中でプレーさせることは、さすがに国民の傲慢だろうと思います。

国費を支払っているのは私たち国民でもありますから、別に多少の文句を言うのはありだとは思いますが、少なくとも選手がメダルを獲ることを目標にしつつも、オリンピックという場を楽しむという気持ちがあっても良いと思いますけどね。そんなメダル以外価値がない言わんばかりの、楽しんじゃいけないオリンピックなら、私ならそんな大会に参加できてもしませんね。お断りします。

だいたい、お金をかければ遠征費用とか、トレーニングにかかる費用とかを捻出できるというのはありますが、最終的には本人の身体能力とか、持って生まれたものが大前提になってしまいやすいのがスポーツだと思います。勉強と比べると、相当程度才能に依存する部分が多いと思うので、お金をかけたから、じゃあメダル獲れる可能性が高いか?というと、そうじゃない気もします。

お金をかけているのは他の国も同様なので、お金をかけているからというのは、他の国の選手とお金の面で横並びになっただけのことであり、多少可能性が高くなることもあるかとは思いますけど、それでも10%が15%になるくらいで、それならお金かけた意味あったの?と思えてしまうようなケースだってあるんじゃないでしょうか?実際、お金の援助が期待できない選手もいるようで、そういう人たちはアルバイトでお金を稼いだり、自分でスポンサーを探してお金を捻出したりして頑張っている選手も多いようですね。

そうなると、「国費をかけたんだからメダルを獲れ!」ではなくて、「メダルを獲れる可能性がより高い選手に国費をかけろ!」というのが、「メダルを獲れなかったら謝れ!」というメダル至上主義の人の目線からいうと、1番適切な策なんじゃないか?と思います。彼らはこういうことを言うべきだったんじゃないか?と思います。国費をかけられているせいで、メダルを獲らないとあちらこちらで叩かれる、社会が選手を追い詰めるオリンピックって、何なんでしょうね?

だいたい、メダルを獲れなかった選手は叩かれて、そういう選手に国費をかけ続けている国は叩かれないっておかしいです。自分たちの同じ身分の存在には強気で責めることができても、自分たちよりも圧倒的大きな存在には太刀打ちできない心理があるのかもしれませんけどね。責任の所在としては選手より国の方が大きいのでは?とも思えてきます。

また、この問題に関しては元陸上400メートルハードルの選手だった為末大氏はこういった選手叩きの発言に批判を展開し、「ブラック企業問題と似通っていないか?と指摘しています。

「(1)足りないリソース(資源)を気持ちで補わせる」
「(2)全体的問題を個人の努力に押し付ける」


以上の2点がブラック企業の社内で実際に行われている、上司や同僚からのプレッシャーの問題と同じだろうと言いたいようで、結局、オリンピックでメダルを獲るなんてそんな簡単なものじゃないですし、明らかな無理難題を押し付けて他人を少しでも貶めてやりたいとか、叩いてやりたいって気持ちが日本中に蔓延しているかもしれないという点では、今回の問題とブラック企業の問題は共通点があるような気はします。


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