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学校をサボる、休むのは悪いこと?罪悪感などを感じる必要性はない

学校を休むと怒られることや罪悪感に打ちひしがられることがあるという人もいるかもしれません。でも、学校を休むことって、具体的に何が悪いんですかね?私は分かりません。私も子供の頃は社会に洗脳されていたので、学校を休むこと、サボることは悪いことのように感じていましたが、今だったら何も感じないでしょう。っていうか、学校自体行かないと思う。時間の無駄に思えてくる。少なくとも、小学校や中学校あたりは通って良かったなと思えることは少ない。

思い出があるという意味では通って良かったと思える面が皆無ではないが、それは学校に通わないと作れなかったことではないでしょう。他の場面で思い出を作れば良かったというだけの話だと思うのです。学校に通うというのは、私は卒業することくらいし価値を見出せません。つまり、小学校や中学校、高校や大学もそうだが、学歴として残るからこそ意味があるのであって、そこで学んだことに関して、私はほとんど意味を見出せないのです。

学校に通っているのに、サボってばかりだと学費がもったいないという意見もあるかもしれないが、そもそもその学校の授業に意味を見出せるのならば出たほうが良いとは思う。でも、意味を見出せない授業ってかなりあるでしょう。子供のときもそうですけど、大人になってもコレ何の意味があったの?いつ役に立つの?と思えることって多くあると思うんですよ。というか、ほとんどがそうかもしれない。学ぶ内容をある程度選べる大学や専門学校はともかくとしても、小中高は平均的な人間を育てるためにカリキュラムが組まれているが、当時も、大人になっても何のために学んだの?と疑問が生じる内容は多々あったのではないでしょうか?

そうなると、そういう授業に出ないことがもったいないか?というと、そんなことはないと思うのです。授業に出ないと学費がもったいないという発想は時間を無駄にしているという部分で相殺されてしまうのです。というか、大学生になると授業をサボる人って結構いますけど、私は合理的だと思います。その出たくない授業、出る意味を感じられない授業に出る意味って何でしょうか?何かあります?その授業に出る意味がないと判断しているのに、出ることで得られるメリットは私は分かりません。学費も返ってきませんから。むしろ、その意味がないと判断している授業に出ることで時間を使ってしまっています。だったら、その授業に出ないで、別の何かをした方がよっぽど有意義だと思うのです。

大学などの学校の授業をサボることで罪悪感などは覚える必要はないと思います。だって、授業料がもったいないと言われても、出る意味を感じない授業に出ても、そこで得られることなんかほぼないと思いますし、本人にやる気がないのだから、そこで学んだこともすぐに忘れてしまうと思います。やる気のないことに時間をかけて取り組むならば、同じ時間を使ってやる気のあることに取り組んだ方が合理的だと思うのです。「「大学の授業を1回サボると~円の損」という煽りは無視でいい理由」のブログには面白ことが書いてあったので、それを紹介したいと思います。


>私の大学の学部長がオリエンテーションで留学の素晴らしさについて語っていたときに放った言葉が衝撃的だったのでここで紹介します。

この人のスピーチはそれはそれは素晴らしかったんですよ。

もう話の最後の方には教室のほとんどの人が「よし!大学入ったら勉強頑張るぞ!」って思っていたことでしょう。

そのタイミングで学部長はとんでもないことを言い出したんですよ。

「あのねー。今までの私の話を聞いて「よーし大学入ったらたら授業をサボらず頑張るぞー!」とか考えている人は正直に言って三流以下ですよ。

そういう人に限って授業には出るけど居眠りしたり、板書書き写しマシーンになったりするんですよ。



そんなの全く意味ないですからね?



そんなことするくらいだったら授業サボってパチンコ行ってお金稼いで、試験前だけノート見せてもらっている人のほうがよっぽど効率よく時間を使えていますよ。

大切なのは授業にでるかでないかじゃなくて、時間をどう使って目標を達成するかなんですよ。

大学の授業はあなたの夢を叶えるためのひとつの手段なんです。

それ以上でも以下でもありません。



この言葉は衝撃的でしょうね。例えば、私は小学校に関して言えば、学歴的に仲間はずれにならないくらいの意味しかないと感じています。そこで何をしたとか、何を学んだとかは、私の中ではあまり価値としてはない。だから、卒業することしか意味がないと今の私は感じているわけです。だから、私は小学校を卒業さえできればよくて、授業に出うる必要性はなかったと思う。卒業できる程度に出席していればよくて、逆に言うと卒業できるギリギリまでは休んで良かったんじゃないか?と思っています。私にとっては小学校は小卒という学歴をとって、社会の中で仲間外れないならない(社会の中で仲間はずれになると生きていくのが困難になる可能性があるため)くらいしか価値がないので、それを達成するための手段としては、それが最も合理的だろうと感じているわけです。これは先ほど引用した大学の学部長が言っている「時間をどう使って目標を達成するか?」という観点にかなり近いと思います。

学校を休むと罪悪感を感じるという人もいるかもしれないし、学校に真面目に通うのが良い生き方みたいな捉え方をされる傾向にある気がしますが、学校に通うことが目的になってしまうと、そこから生まれるものがないんじゃないですか?学校に通うのは何らかの目標を達成するための手段だと思うのです。将来ちゃんと就職するためとか、そういった目的のための手段であるならば、真面目に通わない人がいても良いわけです。別の手段でその目標を達成できるなら良いんですよ。自分は学校には通わないで自分デ経営について勉強をして起業をするとかでも良いわけだから、特定の多数派の手段に合わせる必要はなく、自分にとってある目標を達成するために何が必要か?を考えることが重要ではないでしょうか?だから、大学の授業を適度にサボっても卒業できて、ちゃんと就職できるならば、それは少なくとも間違った生き方とは評価できないと思います。そのサボった時間を利用して目標達成のために努力をしているならば、それはむしろ正しい生き方と言えると思います。
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