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AO入試や推薦入試に学力試験を導入?学力不足の何が問題か?を議論するのが先では?

>文部科学省大学入試室の担当者はキャリコネニュースの取材に対し「学力試験の導入は以前から検討はしていますが、まだ決まったわけではありせん」と述べるにとどまったが、検討されていることは事実のようだ。

(中略)

AO入試では面接や小論文などで合否を決めることが多いが、そこに学力試験が課されるとなれば確かにインパクトは大きい。ネット上で話題に。「今まで放置してたのが異常なんだよ」といった賛成の声が相次いだ。高須クリニック院長の高須克弥さんも「スクリーニングのための学力試験は必須だと思います」と学力試験の導入に賛同するツイートを投稿している。

一方、脳科学者の茂木健一郎さんは、学力検査のないAO入試を擁護していた。

「日本ではAO入試の批判が多いようですが、狭い学力観に基づいていると思います。むしろすべての入試がAO入試になるべきです。学力は多様性の中で判断すればいい」

学力試験では、知識や解法の暗記を求められることが多い。そうした画一的な試験だけでなく、多様な視点で学力を評価すべき、ということのようだ。

もっとも、AO入試で入学した学生の方が、学力が高いというデータもある。文部科学省の「AO入試等の実施状況について」という資料によると、2006年にとある国立大学に入学した学生を調査したところ、「統計的に有意な差は見られない」ものの、「大学での成績は一般入試での合格者に比較して、AO入試、推薦入試での合格者の方が優れている傾向が見える」という。もしAO入試による入学者の方が成績が高いなら、AO入試への学力試験の導入は的外れな政策になってしまう。



AO入試受験者にも学力試験実施へ 茂木健一郎氏は「むしろすべての入試がAO入試になるべき」と反発」からの引用になるけれども、AO入試や推薦入試で入学してきた学生が学力不足だと指摘がそもそも正しいのか?どうか、この記事を読む限りでは何とも言えないが、そもそも学力不足って何か問題なんですか?国としては由々しき問題と言えるかもしれないけど、1人の個人から見たらどうでも良い問題にしか思えない場合もあるんですよね。AO入試や推薦入試で入った学生が、その後の人生で入学形態を原因とする困難にぶち当たったことがあるのか?というと、そんなにないんじゃね?と思う。

少なくとも一般入試で必要になる知識や学力を持っていないとして、それが何かその後の人生で響くんですかね?私は大学卒業して数年経つけど、大学で学んだこともそうだが、高校までで学んだこと、一般入試の勉強で学んだことの中で役に立っていることは数少ないと思う。特に一般入試の勉強をしたから役に立ったことがあるか?というと、ないわけではないが、それがなかったら何か困っていたというほどではない。アーケードのクイズゲーで役に立ったことがあるくらいで、単なる趣味でしかないので、私が仮にAO入試や推薦入試で大学に入っていて学力不足だったとしても、別に困ることがあるとは思えない。むしろ、一般入試の勉強のための時間を別の勉強に充てたほうが、身に付いた知識の有益性の部分では良かったのではないか?と思えるほどなのです。

それにAO入試や推薦入試で入ってくる学生が学力不足で大問題とかいう話になると、そもそも大学進学していない人はどうなるの?今の日本では約半分の人が大学には行かない。じゃあ、彼らは当然大学入試レベルの学力試験を受けてないわけだから、AOや推薦入試の人たちが学力不足で問題となれば、彼らも問題視しないといけないのではないか?と思いますが、それは正しいのでしょうか?正しくないと思いますね。私は問題視する必要はないと思います。

結局、学力不足といったときにそれ自体が問題視され、具体的に学力不足によって何が起きているのか?それは是正すべき問題なのか?の部分がほとんど議論されない。個人レベルで見たら、仮に学力不足であったとしても、それ自体が何かしらの問題を生むケースは少ないと思います。学力試験っていうのは、大学にはいるための選抜試験の1つの手法でしかないので、それにこだわる必要はないと思っています。学力不足を問題視するならば、学力不足で何が起きるのか?それはそれぞれの学生においてどんな問題を引き起こすのか?を議論することが必要でしょう。記事にはAO入試や推薦入試組が必ずしも成績がよくないわけではないということが書かれているが、早稲田大学でもそんなことが言われていましたね。一般入試よりもAO入試の人の方が大学での成績が良いみたいなことが。仮にAO入試や推薦入試で入学してくる学生の方が成績が悪かったとしても、それってそれぞれの学生個人の問題であって、大学側が対策をしないといけない問題なんですかね?そこまでする意味があるのか?は気になるところです。

学力低下が最終的には国力低下を生み出すからという、非常にもっともらしい意見もあるかもしれないが、だったら労働者は労働時間を減らす方向に議論するのはそれと同じ結果を生むことになる。という問題と同じになってしまう。元々学力低下が国力低下を招くから困るんだという意見は、国が国民を国を支えるための道具に考えていると評価されてもしょうがないと思うのだが、仮に国民を道具同然に考えることが許容されるならば、労働者を酷使することだって同じ考え方でしかないので、国力低下を招く存在は全て悪にできてしまう。子供を産まない夫婦や結婚しない男女、働かないニートやお金を使わない若者や高齢者、保育や介護などの不可欠な職を敬遠する人たちなど、国力を低下させている要因と考えられる存在は挙げたらキリがないと思う。実際、国はこういった人たちを問題視しているようですし、対策をしていますよね。

でも、国民の側からしたら、自分たちが悪者にされるのは納得いかないでしょう。例えば、お金を使わな人は景気を後退させているという見方もできますけど、将来が不安だからお金を使わないんだ!俺たちが悪いわけじゃないだろう!という言い分があるはずなんですよ。結局、学力不足もそれが国力低下を招いたとしても、何でそれでオレらが悪者にされないといけないの?という疑問があるはずなのです。何で国のために勉強しないといけないの?という疑問があるはずで、それは国のタメに何でお金を使わないといけないの?という疑問と性質は変わらないと思うのです。
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