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遅刻やドタキャンをされると困るから許さない社会って実は非現実的な社会と言える

>ぼくは誰かの遅刻とか欠席は、まったく気にしません。むしろ自分の時間が生まれることに感謝しております。
(中略)
少なくとも、突然のキャンセルやブッチなんてものは、怒るほどの話ではありません。怒らないのが普通で、怒る方がおかしいのです。そのくらいでブチギレるとか、どんだけ人間として偏狭なんですか。

と、いう意見に対して、「仕事の上では絶対に欠席してはいけない重要なMTGもある!」という批判もあるでしょう。これは一見正しい感じもします。

が、誰だって欠席する可能性はあるわけですから、「絶対に欠席してはいけない重要なMTG」なんてものをやらざるを得ない時点で、その仕事はどこか無理があるのです。


これはイケダハヤト氏の記事「誰かの遅刻・ドタキャンを怒る人は、仕事ができない」からの引用になるが、面白いことを書いているという印象です。このイケダハヤト氏の言葉を言い換えるならば、遅刻やドタキャンを怒る人というのは、仕事内ができないか?どうかは別として、無理難題を言っているに等しいということなんでしょう。つまり、遅刻やドタキャンを避ける方法はあるとしても、100%絶対に避けられるか?っていうとそうじゃない。病気になることを100%避ける方法はないのと同様に、遅刻やドタキャンを絶対に避けることは無理だ。

つまり、そのうえで遅刻やドタキャンをされるとものすごい被害が生じるような状況が存在しているならば、その状況こそがおかしい。っていうことなんでしょう。彼が言いたいことはこういうことだと思います。絶対に遅刻が許されない会議とか、プレゼンとか、そういう機会って社会人やっていたらありそうですよね。そういう機会を自然に思っている人もいるかもしれないが、よくよく考えたら変な話なんですよ。そういった場に遅刻をしたりしたら、会社の業績にもろに影響が出るとか、そういった事態って普通にあると思うんですよ。

例えば、大切な取引先の企業に行ってプレゼンをするはずが、遅刻してしまい相手はかんかんに怒っていると。それでその会社との関係が悪化してしまったみたいな話ってありそうな気がしますけど、遅刻をしたくらいで怒る企業の方が悪いなんて責め方をする人ってまずいないと思うのです。1000人に1人くらいじゃないですか?基本的にこういうケースでは遅刻した方が悪いと批判するでしょう。でも、じゃあ、100%遅刻を避ける方法はあったのか?というと、そんなものはありません。

つまり、こういうケースでは100%避けることが不可能なのだから、遅刻くらいの失敗は許してあげないよ!と、取引先の企業を諭す方がよっぽど現実的な気がするのです。遅刻した人を責めても何の解決にもならないのです。遅刻した人を責めて、今後100パー遅刻を防げるか?というと、そんなことはないです。失敗を叱責するくらいなら良いかもしれないが、それは2度と同じミスを繰り返さないように努力をしろという範囲に留めておくべきだと思うのです。遅刻した事実に関して、単にストレスをぶつけるだけのような怒り方をするよう上司がいるのではないか?と思うのですが、そういう怒り方をしても、じゃあ僕はどうすれば100%遅刻を防げたのでしょう?に対する回答を述べられないと説得力が落ちる気がします。

これが結局、無理難題を強いているに近いことなのでしょう。だから、最初から遅刻とかに寛容な社会を作っておけばそれで済む話じゃないですか?遅刻する人がいる前提で社会が回っていれば、遅刻をする人が出てくるかもしれない事態に容易に対応ができます。実際、日本はそうじゃないけど、外国に行くと電車の来る時間が日によって、時間帯によってバラバラみたいなところがあるはずなのですが、そういうには社会が回っていないのか?というと、ちゃんと回っていますよね。だから、遅刻を許す社会を作ってもちゃんと回るんですよ。そして、遅刻を100パー防ぐ方法がないのに、遅刻を許さない社会を維持し続けるよりは、そっちの方が現実的だし、絶対にみんなが生きやすいと思うんですけどね。
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ハンカチ世代の零細フリーランサーです。毎日とても眠くて起きるのが大変です”_| ̄|○”ハァハァハァ


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