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「自分がされたくないことは他人にしてはいけない」の主張は矛盾が出る

>24日放送の「ノンストップ!」(フジテレビ系)で、タレントの千秋が、友人へ贈る土産について持論を語った。

番組では、年度末の話題として、引越しで生じた友人間トラブルを視聴者から募集していた。その中で、ある50代女性の投稿が紹介される。近所の知人の引越しを手伝っていたところ、自身が1年前に土産としてプレゼントした化粧品を、その知人が目の前で捨てたというのだ。

このエピソードに、スタジオ出演者の半数が「テンションが下がる」と意見を出す一方で、千秋は別段気にしなさそうに首を横に振った。千秋曰く「(土産を)あげた時点でもうその人のモノだから、売ろうと捨てようとしょうがない」と割り切っているという。

カンニング竹山が「本人の前(で捨てるん)だよ?」と千秋の考えに理解できない様子を見せるも、千秋は「そんぐらい存在感ないものあげちゃったこっちが悪い」と、いっこうに意に介さない。

さらにドランクドラゴン・鈴木拓は「買うときは、その人のこと一生懸命考えたりしますもんね」と、捨てられる悲しさを訴える。だが千秋は「こっちも適当に(お土産を)あげちゃったかもしれない」と前置きしつつ、「だから『大事に持っていて』と思う方が、驕っていると思う」と、土産物が捨てられるのは仕方ないとの主張を曲げなかった。



千秋の土産への持論に共演者がツッコミ「冷えてるよ。友人関係が」」ここで出てくる1年後に友人の目の前でプレゼントを捨てたという人が、それを分かっていて捨てたのか?分からないまま捨てたのか?は分からないが、タレントの千秋氏とそれ以外の出演者のやりとりを見て、個人的にはどっちもどっちだなと感じます。世の中の多くの人は、プレゼントをあげた人の目の前で捨てた方の人を批判すると思うんですよ。それは「自分がされたくないから」が理由の根本にあると思う。自分がそれをされたくないから、それをするのはおかしいという発想なのかもしれないが、それは理屈として微妙ですよね。

自分がされたくないことは他人にしてはいけないという格言みたいなものは昔から存在するが、それは=正しいという保証はない。単なる意見の1つでしかない。多くの人は自分がされたくないものは他人にすべきではないと考えているし、自分がされたくないことをしてきた相手を批判する姿勢の人が多いと思うんですよ。そして、その姿勢を恐らく多くの人は正しいと思っている。しかし、現実的に正しいという根拠はないわけじゃないですか?自分がされたくないことを他人にしてはいけないという言葉が正しいとなるためには、少なくともその裏返しである「自分がされることを許容できることは相手にしても良い」を正しいと認めないといけません。

しかし、それを認める人っていないと思うんですよ。死刑を望んでいる人は他人を殺しても良いということを認める人なんかいないでしょう?つまり、自分がされたくないことは他人にしてはいけないという主張はほぼ矛盾するわけですね。したがって、千秋氏以外の出演者が、仮に自分がされたくないから、自分がそれをされたらショックだからという理由で、プレゼントをあげた本人の目の前でそれを捨てる行為をした友人を批判しているならば、主張に矛盾が出てしまうでしょうね。ということなのです。

ただ、先ほども言ったように、千秋氏が実際に同じようなことをされたときに、それに一切文句を言ってはいけないという前提がつくので、千秋氏が自身の意見をどこまで正当化できるか?は分かりませんが。ただ、千秋氏以外の出演者の主張の最大の問題点は、自分がされたくないことは他人にしてはいけないが根底にあると思うので、千秋氏が仮にそれをされても良いと認めた場合には、それ以上何の反論もできないというところにあります。「自分がされたくないことを他人にしてはいけない」も、「自分がされても良いならば他人にしても良い」も、どっちも正しいと言える根拠はありません。だから、私はどっちもどっちだなと感じたのです。どっちの意見が正しいとも言えないので、私が仮にスタジオにいたとしたら、この議論には参加しません。
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