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国が月の残業時間を100時間まで認める思惑の裏にあるものとは?

>3月13日に立てられた「残業100時間って辛いんか? 社畜J民教えて」というスレッドでは、翌日までに1000近いコメントが寄せられた。かなり多くの人が長時間労働に苦しんでいる様子がうかがえる。中には、交通事故を起こしてしまった、と書き込む人もいた。

「車の運転中に意識失ったんか自分でも分からんのやけどカマほってもた。10年無事故無違反やったから警察もかなり不審がって残業時間の事言ったら苦笑いされた」

残業が長引くと、心身に不調をきたす人も多い。ある人は残業が80時間を超え「三半規管がやられていつも地震が起こっとるように感じる」という。

仕事以外のことが何もできないと、生きる意味を見失ってしまうのも無理はない。「『なんで生きているんやろ』って毎日考えていた」「何のために生きとるかわからんようなる」といった声も多かった。

「たとえ年にひと月だけだろうとも残業100時間の生活はしたくありません」

ツイッターにも長時間労働の過酷さを訴える投稿が相次いだ。「現在鬱病で療養中です」「昔、月80時間を4ヶ月やってみたけど、入院」と休職や入院を余儀なくされている人もいる。

またあまりにも忙しいと、思考や記憶が曖昧になることがあるようだ。

「朝は8時半に家を出て夜中の3時すぎに帰ってきてを繰り返していた時は何が何だかわからなかったなぁ」
「半年くらい無休で7時から26時まで働いてた時期あって、だいたいの記憶飛んでましたね」



これは「「月100時間残業」って実際どうなの? 「記憶飛んでた」「吐きながら仕事」と経験者語る」の記事に載っていたものですが、日本の残業時間を月100時間まで制限するという案がありましたが、その案についてはかなり批判が多くありました。100時間まで残業をさせられる可能性が残るわけですから、100時間まで残業させる企業が多くある可能性があるわけですが、この案は何の解決になっているのか?と思う人も多くいるでしょう。そもそも36協定がこういう事態を生んでいるということも言えるわけですが、36協定はそもそも労働組合と会社側との協定になります。

つまり、組合側が勝手に結んだ36協定に全ての社員が付き合わされるということが言えます。そこもどうか?って感じもするのですが、法定労働時間を越えた時間外労働を命じる場合には36協定を結ばないといけないわけですが、それを結んでしまえば無制限に労働させて良いという状況が罷り通っていました。そこを問題視している識者は多くいましたが、そもそもこの36協定が創設されたときに、過労死が出るような状況、とんでもない長時間労働が起きる可能性への予測はなかったんですかね?

36協定があれば、無制限に労働させられるという状況が普通に起こりえそうですが、そういう予測はあったが、それを放置していた可能性もあります。それは残業時間を制限しようとしている今、100時間という制限にしか設定していない点から見出せると思います。残業時間の制限が100時間では意味がない!という批判がありますけど、国としては結局残業時間をあまり制限したくない思惑がありそうな気がするのです。そうなれば、結局辻褄が合うのです。36協定の創設時に上限を設けなかった理由、現代で残業時間を100時間にしか制限しない理由が、ともに国が残業時間を制限したくない思惑から生まれているならば、納得なわけです。

でも、何で国は残業時間を制限したくないのか?というと、そりゃ労働時間が減るわけですから、国全体で生産される財、サービスの量が減ります。それが困ります。つまり、労働時間を制限して国の経済を衰退させるならば、過労死などのリスクを背負ってでもある程度労働時間を確保させようという意図が見え隠れするのです。実際の国の意図は分かりませんけど、私にはそういう風に見えてしまいます。労働者のことよりは国のことを優先させている。そういう可能性があるのではないでしょうか?
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