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記事は、「妻に弁当を作ってもらえない同僚が可哀想」と思っているある男性投稿者の「弁当を作る女性と作らない女性の違いは育ちの違い?愛情の違い?」という発言に対する批判の声をまとめたもの。番組でも「視野が狭い」「愛情は関係なく外食より安く済むから」などのネットの声が読み上げられた。
「お弁当は冷めちゃうから絶対嫌」という夫婦も

愛妻弁当マウンティング論、再び

これに対し、漫画家の倉田真由美さんは「こういう発想の人がイヤ」と声を荒げる。子供がいない人可哀想、結婚してなくて可哀想など「○○な人可哀想」という人に対しする上から目線の言い方に拒否感を覚えるという。

「そういう人は『可哀想だ』と思いながらすごい優越感を持って(話して)いるわけじゃないですか。余計なお世話」

倉田さんも結婚当初、夫にお弁当を作ろうかと尋ねたことがあるという。しかし「絶対に嫌だ」と断固拒否の答えが。MCの関谷亜矢子アナウンサーも「お弁当冷めちゃうから絶対嫌だって言われた」と同意しており、弁当を作らないというのも全く珍しくない。これらを踏まえて、倉田さんは憤る。

「これこそが絶対的幸せって思いこんだ人が、人を可哀想っていうときの『やらしさ』みたいなものが本当に嫌だ」



キャリコネ「「妻に弁当を作ってもらえない同僚がかわいそう」にくらたま激怒 「かわいそうって思いながらの優越感がやらしい」」らしい記事だが、この記事を読んで真っ先に思ったのは「可哀相」という言葉は現代においては、悪口として捉えられてしまうということですね。「可哀相」という言葉は言っている本人は悪気がない場合も多いだろうし、むしろ同情している面もあるかもしれないが、見方を変えれば、その可哀相を言われている本人が、めぐまれていない状況を指摘しているわけで、言われた本人からしてみれば、それにムッとすることがあるのでしょう。

個人的には誰かが作ってくれるお弁当というのはあまり好きではない面もある。理由は、ここに書かれているけど冷めてしまうので美味しく感じられない可能性があるから。中には冷めた方が美味しいと感じるものもあるんだけど、多くはそうではない。実際、こういった理由から愛妻弁当を拒否している人がいるならば、別に可哀相でも何でもないということになります。〇〇は可哀相という言葉はよく聞かれるけど、厳密に考えてみるとあまり良いことではないのかもしれないです。

可哀相という言葉に対して、よく思わない人が出てきたのがそもそもの原因だろうけど、言われている本人が不快感を覚えるのであれば、それは悪口に近い言葉なんだろうか?可哀相という言葉は、言っている本人には悪気がないということはある程度理解しているものの、言っている側の気持ちがストレートに言われた側に伝わらないことは多々あると思います。こういったとkろを見ると、やっぱり人間同士のコミュニケーションって難しいんだね。と感じます。そりゃ軋轢も生まれるし、不仲になったり、トラブルが起きたりしますよ。人間が言葉を話してコミュニケーションをとることにはメリットも多くあるだろうが、実はデメリットも多くあるんじゃないか?と思えてくるのです。
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