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学力低下は何が問題?なぜ問題と言われる?社会問題として解決策を考える意味とは?

学力低下は社会問題みたいに扱われていますけど、そんなに問題ですか?って個人的には思います。いわゆる学校の勉強ができないことでどこまで問題か?というと、私はそこまで問題とは思いません。学力低下は何が問題なのか?というと、基礎的な部分ができないとかならばわかるんですけど、それを越えた部分ってできる必要があるのか?というと微妙なんですよね。例えば、算数や数学ができないというときに基本的に数学ができないことが問題か?っていうと、問題ではないと思います。

私は数学できませんけど、日常生活で困った記憶もないのです。算数の中の基礎くらいはできた方が良いと思う。四則演算くらいでしょうか?そのやり方さえ分かっていれば、後は電卓が使って全て解決ですよ。日常生活で暗算をしないといけない事態がまずありません。学校という中を除いて。だから、計算の仕組みだけ知っていれば、後は電卓の使い方が分かれば良いのです。数学の分野になると知っていればその道に将来進むことがしやすくなるということが言えるだけで、その道に進まないといけない理由はないので、困るまでは言えないでしょう。

他も同じかな?って思うんですよ。国語の現代文ができない人が日常生活のコミュニケーションに支障をきたすか?って言うと別に困らないんじゃないですか?たまにいますけど、それは現代文ができる、できないとはあまり関係ない気がします。現代文ができる人がかたっている文章を見て、言っていることに根拠がないなとか、感じることありますからね。現代文が出来ることとにt条生活の意思疎通の問題点に関連性がないならば、現代文ができないことはそこまで問題ではない。最低限の文法を理解し、漢字が読めることなどが徹底されていればそれで良いのではないでしょうか?

こういった感じで書いてきましたけど、学力的は何が問題か?というのは私はよく分かりません。学力低下はなぜ問題なのか?社会問題として取り上げられているけど、学力が低下して何がどう変わったのか?その変わった部分はどう致命的なのか?などをちゃんと教えてくれないと、社会問題として扱うほどのことには思えてこないのです。学力低下したら国としては困るのはなんとなく分かります。しかし、国は困るかもしれないけど、私たちは困らないですよ?となれば、社会問題として扱う問題か?どうかも分からないです。

私は理数系については学力低下どころか、学力がないに等しいと思いますけど、学力があったところで何かメリットがあったか?というと、あまり想像できないのです。学力低下はなぜ問題なのか?社会問題として取り上げられるほどなのか?解決策などを考えている人もいると思うんですけど、学力低下が国じゃなくて、私たちにとって如実に問題にならないと解決には至らないと思うんですよ。だって、学力低下の解決策を考えても、実践する当人にモチベーションがなければどうしようもないですから。

本人らが困っている実感がないのであれば、学力低下の解決策を!と言っても、なかなか効果が期待できない気がします。学力低下はITや機械で補える時代になってしまっているので、学力をつけている暇があったら、それらを使いこなすための知識や経験を積んでいくほうが、将来を考えると有意義な気がします。それは本人目線で。国にとっては有能な人材が育ってほしいからと思ってやっている教育なのではないか?と想像しますが、それは大多数の人にとっては結果的に役に立たないことを学ぶ機会になってしまっているというの事実な気がするのです。学力低下は私たちにとってはなぜ問題か?と疑問を抱かざるを得ないと思いますし、学力低下は何が問題なのか?私自身も分かりません。国民目線から言うと大した問題にはなっていないと思います。
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