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これだけの大雪なのに、日常と同じく通勤、通学している人たちを見て思うこと

今日は歯医者にいくために久し振りに外出をしました。雪が降った昨日、おとといは家にずっといたために雪の凄さは実感できなかったわけですが、凄かったみたいですね。外に出てみると、至るところに雪が積もっていて、人や車が通るところは雪は捌けられているものの、未だに多くの雪が溶けずに残っていました。

こうした突然の雪に都心は弱いです。昨日かな?あるTwitterで目にしたもので、「こんな1年でも数回しか起きないことのために設備とか多大な費用を払うならば、こういった雪の日くらいはゆとりを持って、通勤、通学ができるような社会的なコンセンサスを作っていくべき」という文章がありました。

私はテレビでの街頭インタビューで、バスが走っていないことに困っている人の話を聞きましたが、こういった人たちはどうして困るのか?というと、こんな大雪でも相変わらず学校や会社は休みにならないからです。学校や会社が休みにならないのに、そこに向かうための各種ツールが正常には働かないと、社会は回りません。だからこそ、大雪という非常事態でも、日常と変わらない社会を動かしていくために、設備を維持したり、新たに作ったりという費用が生まれている。それが先に挙げた人がTwitterで言いたかったことでしょう。

こういった費用がムダか?どうかはさておき、雪なんて確かに1年でたった数回で、それらのために雪が降っても困らないシステム作りに多大な何らかの費用が支払われているのはおそらく事実でしょう。そして、学生、社会人はいつもと変わらず、同じ時間に通学、通勤を迫れれている。学生はまだ「雪だから」と考慮してくれるでしょうけど、会社員については遅刻でもしようものなら、おそらく何らかの叱責は受けることになりそうです。

こんな大雪ならバスとか、電車が遅れたり、運休になったりするのは当然です。でも、社会はそんな例外は見てみぬ不利です。こういう緊急事態こそ、もっとゆとりを持てる日常にならないものか?と思います。会社は利益がかかっているから、そうも言えないでしょうけど、そんなことを言う企業は日常がいくらまともでも、利益差優先、社員のことなんかお構い無しのブラック企業の烙印を押されてもしょうがない気がします。

大雪なんて、あったとしても年に数回程度です。こんな非常に事態には全国の学校や企業が共通認識として持ちうることのできる「ゆとりのある生活」へのコンセンサスを実現していくことが、年にたった数回程度の非常事態に備えるために、多くの費用を支払うよりも、合理的なのかもしれません。


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