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夏休みの宿題はいらない?なくすべき?廃止すべき意見の妥当性

小学生から高校生くらいまでは夏休みの宿題というものがあると思います。小学生は自由研究という形で、工作とかを作って持って行く例もあると思いますが、もはや義務感だけでやっている感じですし、親も仕方なくやらせている、手伝っている感があるような気がします。そんな中で夏休みの宿題をなくした方が良いとか、廃止すべきという声もあり、夏休みの宿題の存在意義なども問われているのが昨今の教育の現場です。

夏休みの宿題って、ないと困るわけでもなく、長い夏休み期間中にまったく勉強をしない児童や生徒がいるからということでやらせている感もありますけど、結局夏休み以外の宿題と同じで、無理矢理やらせても効果は薄い気がするんですよね。学校にいる間はしょうがないかもしれませんけど、家に帰ってから宿題をやらせるパターンと同じじゃないですか?夏休みの宿題も無理矢理、仕方なくやっている子が多いと思うんですよ。

そうなると、学校で教えている勉強もそうかもしれないが、夏休みの宿題も、普段の宿題も無理矢理やっている子が多い。そんな状況で、宿題でやったことが身につくか?ためになるか?というと、ならない気がするのです。やる気がないわけじゃないですか?別の言い方をすると、こんなものやって何の意味があるのか?みたいな感じだと思うんですよ。小学生や中学生は特に分からないでしょうね。勉強する意味を。

私も未だにイマイチ分からないですもん。学校で習うことのうち、知っていないと困ることもあることはあるんだろうけど、その部分があまりにも少ない気がして、それ以外の知っていてどうすんの?勉強してどうするの?という部分があまりにも大きいのが現状な気がしてきます。大人でも分からないのだから、子供はもっと分からないでしょうね。実際、学校では勉強する意味って教えないじゃないですか?それは教師も教えるのが仕事であって、それ以上は求められていないから。というのもあるかもしれない。

教師は勉強を教えるのがまずメインの仕事で、勉強の意味まで教えることは問われていないからです。だから、自主的に教える教師もいるかもしれないが、多くの教師はそういうところまでは気が回らないのかもしれないです。でも、そこを教えないと、勉強する意味も分からないまま、勉強をさせられるわけだから、そりゃ子供たちが宿題を、勉強をやりたがらないのも当然です。なぜ?という部分が誰からも教わらずに、ただやらされている。逆に勉強を結構やるタイプの子は教えてもらうまでもなく、気付いている可能性もあります。

だから、夏休みの宿題に関してもなくすべきか?廃止すべきか?というときには、まず宿題って何のためにやるんですか?勉強は何のためにやるのか?の議論を先にした方がいい気がします。そのうえで勉強が必要ならば、じゃあ宿題も必要かもしれない。だから、夏休みに宿題を出すのも正当と言えるのかもしれない。そこをまずやるべきだと思うんですよ。夏休みの宿題がなくなると、多くの子供たちは喜ぶかもしれません。でも、親や教師は心配になるかもしれません。何で心配か?ずっとあったものがなくなるという、非常に漠然とした心配です。でも、ないと困るものでないならば、それが廃止されても、別に問題が起きる気はしないのです。

世の中の流れ的には夏休みの宿題をなくすべき、廃止すべきという意見は少しずつ大きくなっているような気もしないでもないですが、教育の現場ではそれはありえないでしょう。宿題自体の実効性が担保されないまま行われている感もありますけど、長く続いてきた伝統のようなものなので、それを今更やめるっていうのは難しいのではないですか?夏休みの宿題はいらないと思っている子供、親御さんも多いと思います。私も正直、夏休みの宿題どころか、普段の宿題も先ほどから言っているように、いらないのではないか?と。少なくとも教師が児童や生徒に対して、まずは勉強する意味を説明する方が先じゃないか?と思うのです。
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