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教師は生徒や児童、保護者などから恨まれる存在だが致し方ない部分もあるか?

教師って何かと恨まれる存在ですよね。それはいろいろな人からです。保護者、児童や生徒本人、PTA、教育委員会などからのプレッシャーに常に耐えていかないといけない。そういった厳しい職業でもありますよ。教師っていうのは、教育を司る職業なので、ある意味裁量の幅は少ない。裁量権はあるのだが、教育という範疇の中でかなり狭いと思いますよ。つまり、児童や生徒に伝えても良い教育内容には制限があるわけでしょう。

多くが望ましくないと思っているものを教育として伝えても、それがいくら自分としては正しいと思っていても、即クレームになり、あいつを辞めさせろ!という風潮になりかねない。日本社会は少しの失言をしただけで、すぐに辞職を求める流れにいきやすいですからね。教師も結局、多くの国民にとって望ましくない行動をとれば、本人が間違っていないと思っていても、同じような圧力をかけられる可能性が高いのです。そういう意味では、教師がやっているのは教育ではなく、洗脳にも近い。

すでに確立している望ましいという価値観以外を植え込んではいけない。そういった事態が今の教育にもなりますが、価値観まで植え込んでいるケースも多々ありますから、それはもはや教育じゃないですよね。教育者って、結局見えない誰かの操り人形と化している面もあると思いますよ。自分の価値観と世間の価値観が一致していれば、それは何の問題もないが、そうじゃない場合には自分の信念を捻じ曲げて、世間にとって都合の良い価値観を植えつけていかないといけないわけですから。

それをやっていてもいろいろな人間からクレームを受けるわけですからね。中には恨まれますよ。特に成績の付け方とかは、やっぱりその原因になりやすいです。私も正直、中学校のときのある教師に関して、恨んでいるというか、未だに嫌いな人間はいますからね。当時は相当嫌いでした。時間の経過と共に気持ちはやわらいでいったが、当時その原因となったのはやはり成績の付け方でした。基準がはっきりしないじゃないですか?成績って。

基準が公開されないわけですよ。絶対評価なのか?相対評価なのか?によっても違うが、今は絶対評価が多いと思います。その場合に、定期テストで何点とったら成績がいくつとか、成績に関係するのはテストだけか?他にもあるのか?とか、成績評価に関係するそれらの割合は?などが知らされません。だから、つけられた成績が本当に妥当か?どうかは判断できない。誤魔化している可能性もあるんじゃないか?とか、それは他の児童や生徒と比較した場合もそうですけど、おかしくないか?と感じるケースが結構あるんじゃないか?と思いますよ。

成績が変われば、進学できる学校などが変わるし、その子の人生も変わるかもしれません。そう考えると、非常に責任が重いですし、より公平に、公正にやってもらわないと困るわけです。また、透明性の確保も必要でしょう。それらが確保できないいないと、津全といっても良いほど、成績に関してクレームがきやすくなります。中にはしょうがないと思って諦めるケースもあるが、いやいや、おかしい!と抗議をしてくる人もいますから。これは教師が悪いというよりは、学校の姿勢の問題かもしれませんけどね。

成績は児童や生徒の人生を決めうるものなので、もう少し成績の基準について公開したり、事前に説明してほしいです。私の場合、後から知ったのですが、どうやら私の中学校は教科ごとに、成績の付け方が違うと、成績をつける際に参考にする材料やその割合が違っていたようなので、そんなものはもちろん中学生当時には知らないわけです。だからこそ、今思えば先に言っておくべきだろうし、説明しておかないと、後付にされそうなのです。こういうところが学校に対して、教師に対して信頼を持てない部分にもなります。何で成績の付け方について曖昧なまま、基準を公開しない、説明しないんですかね?それをやると困るんですかね?いやいや児童や生徒の方が困るでしょう。聞けば教えてくれるんですかね?そうだとしても、中学生時代の頭では、なかなかとるべき合理的な行動は思いつかないこともあるはず。少なくとも、そこまでの行動は私は思いつきませんでしたよ。そういったことをやっていないと、実際に自分が学生時代だった頃はともかく、思慮がついてきた大人になってから教師は彼らに恨まれる存在になりかねません。
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